2017年10月17日

「礼服を身にまとう」 マタイによる福音書22:1〜14(特定23)     2017.10.15

「礼服を身にまとう」
マタイによる福音書22:1〜14   A年特定23     2017.10.15 

 今日の聖書日課福音書は、主イエスがなさった例え話の一つです。
 主イエスは十字架にお架かりになる前の火曜日に、エルサレム神殿で神殿の指導者たちと激しい論争をなさいましたが、今日の聖書日課福音書もユダヤ教の指導者たちと激しい論争をなさった箇所から取り上げられています。
 今日の箇所では、主イエスはイスラエルの指導者と論じ合い、彼らを批判する中で、「王子の婚宴と招待客の礼服」のたとえを話しておられます。
 ある王が王子の婚宴のため、前もって招待していた人々を招くために家来を送りました。それなのに、招かれていた人々はあれこれと自分の都合を並べ上げてその祝いの席に来ようとしません。そこで王は、別の家来を使いに出してこう言わせました。「食事の用意ができました。牛や肥えた家畜も屠ってすっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください。」ところが、人々はそれを無視して自分の畑に、また商売に出かけてしまうばかりでなく、婚宴への招きを伝える王の家来に乱暴して、殺してしまったのです。そこで王は怒り、軍隊を送ってその人々を滅ぼし、町を焼き払ってしまいます。そして王は、家来たちに言いました。「婚宴の用意は出来ているのに招いておいた人々はふさわしくなかったのだ。今度は、誰でも良いから見かけた人は誰でも集めてきなさい。」
 家来たちが王に言われたとおりにして婚礼の席はいっぱいになりました。
 王は、そこに入ってきて、ひとり婚宴の礼服を着ていない人を見ると、こう尋ねました。「友よ、どうして礼服を着ないでここに入ってきたのか。」礼服を着ていないこの人が黙っていると、王は側近にの者たちに「この男の手足を縛って暗闇に放り出せ。」と命じたのでした。
 神学用語に「選民思想」という言葉があります。大きな国語辞典にも載っている言葉で、例えば『広辞苑』には「選民」という項目に次のように記されています。
 「神から選ばれて他民族を導く使命を持つ民族。ユダヤ民族の中から起り、キリスト教に引きつがれた思想」。
イスラエルの民にとって「神に選ばれた者」であるという思想、またその自覚そのものは、大切なそして有意義なものでした。しかし、自分たちが「神に選ばれた者」という意識は、イスラエルの指導者たちに傲りと特権意識をもたらすようになります。また、エルサレム神殿の担い手であった祭司長や律法学者たちは、次第に神の選びや招きに応えようとする思いよりも、神殿によってもたらされる富や権力を拠り所とする思いを強くしていきます。そして、その地位や財産を独り占めにすることを願って、「選民」としての使命を受けていることなどすっかり忘れ去ってしまいます。その使命とは、神の御心をこの世に示して他の民族をも神の御許に導く手本となることでした。
 彼らは、形式的な儀式を行って一般市民から高額な献げ物を求めたり、律法の言葉を自分の都合の良いように解釈し直して、自分たちを神の選びと救いにあずかるのに相応しい者であると位置付けていたのです。
 主イエスはその様な彼らの姿を見抜き、神殿の境内でユダヤ教の指導者たちを激しく非難します。神の御心はその様な指導者を離れ他の民族も含めた全ての人に及んでいることを訴えて、ユダヤ教の指導者たちが神の御心に相応しく立ち返るように厳しく迫ったのでした。祭司長や民の長老たちは、日頃は人前で敬虔に祈る姿を示し正しい人を装っていますが、主イエスが彼らの中に見たのは権力を盾にして利を貪る姿だったのです。当時の上流階級の人々がその様に振る舞えば、階層の格差は更に広がり、貧富の差も一層大きくなってきます。主イエスは、ユダヤ教の権力者たちが弱い人や貧しい人々の苦しみには指一本貸そうとせず、神の御心が何なのかを顧みようともしない姿をご覧になり、その指導者たちに厳しい言葉で迫っておられるのです。
 マタイによる福音書第21章23節から始まった主イエスとユダヤ教指導者との論争は、第23章の終わりまで続きますが、その論争は主イエスの次の言葉で終わります。
 「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる。」
 この言葉の内実が今日の福音書の例えによって示されていると言うこともできます。今日の聖書日課福音書の中では、王の招きを拒否したり無視した人々は王の軍隊によって滅ぼされて町が焼き払われていますが、実際にこの言葉の通り、紀元70年になるとイスラエルの首都エルサレムはローマ軍によって占領されて滅びてしまうのです。福音記者マタイは、この出来事を神の招きに正しく応えなかったイスラエルに対する父なる神の裁きの出来事として意味づけ、それは生前の主イエスがその当時から再三にわたり教えていたこととして、今日の聖書日課福音書の中で語っていると言えます。
 さて、それではこうして主なる神の選びと招きの計画は、イスラエルの民が拒んだことによって終わってしまったのでしょうか。神がこの世に働く御計画のためにイスラエルを選んだことは間違いだったのでしょうか。また、イスラエルの指導者たちは、その傲りと高ぶりの故に、神の怒りを招いて、それですべてが終わってしまったのでしょうか。
 そうではなく、主イエスの例えによれば、路上の善人も悪人も皆、つまりユダヤの律法の枠によれば、招きの対象外であった人でも、誰もが神の祝宴に招かれるようになるのです。
 先週の聖書日課福音書に、「家を建てる者の捨てた石、これが角の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。」という言葉がありました。主イエスの働きと教えは、このみ言葉のとおり、主イエスの十字架と復活を通して、イスラエルの民の中だけに留まらず、異国の人々にまで広がっていきます。先週も今週も、聖書日課福音書は、神の選びと救いは選民であったイスラエルの民に限らず、全ての人に与えられていることを告げ、その招きに、誰もが喜びと感謝をもって応えるべきことを教えられています。
 更に、今日の福音書の後半に、王子の婚宴に招かれながらも「礼服を身につけていない者」の例えが加えられています。この例えは、神の招きを受けた者がその招きに相応しく生きることを促す教えです。
 主イエスによれば、神の招きは善人でも悪人でも、生まれ育ちを問わず、無条件にすべての人に及んでおり、そこ招かれた者がその喜びの祝宴の中で、どうあるべきなのかを今日の福音書の後半部で教えているのです。
 当時の習慣によると、婚宴の礼服は招かれた者が自分で用意するのでは無く、招いた者が備えておくべきものでした。そうであれば、婚宴の礼服とは、招かれた私たちの思いを越えてなお私たちを御心に相応しく導いて整えようとする神の熱意であることが分かります。
 その神の熱意に応えて主なる神の御心を中心にして生きていこうとする者が「礼服を着る者」であり、反対に選民意識を持ちながらそれに相応しく生きる事を忘れ、また拒む者が「礼服を着ていない者」であると言うことができるでしょう。
 ユダヤの指導者や律法学者たちが、掟についてどれだけ詳しく説明し、自分たちを神に選ばれた民であると自負しても、その自分が神の御心に応えて生きていなければ、神の喜びの宴には相応しくありません。またたとえどれだけ律法に詳しくなろうとも、また律法に基づいて他人を批判したとしても、当の本人が神の喜びの宴の招きに応じないのなら、その人をとおして天の国が実現することはないでしょう。
 神は特定の民族や人種によらず、あらゆる人を神の園に招いておられます。私たちはその恵みに与っています。そして、その恵みを他の人々に伝えていくために神から新しい「選民」として召し出されています。私たちはこの招きの恵みに、どの様に応じようとしているのでしょうか。その礼服を身に付けているでしょうか、それとも暗闇に放り出される者なのでしょうか。
 私たちは、ひとり子である主イエスをこの世に遣わしてまで私たちを喜びの宴に招いてくださっている恵みを受け入れましょう。そしてその恵みに応え、神に選ばれた者に相応しく自分を整え、天の国の喜びを他の人々に分け合う働きにあずかりましょう。また、そのしるしである今日の聖餐に感謝を持って与りましょう。
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2017年10月02日

主教の按手 2017年10月1日

主教の按手
2017年10月1日

 9月23日(土)、神戸教区の主教按手・着座式があり、北関東教区を代表して広田教区主教と共に、前日レセプションと当日の按手式・着座式に列席して参りました。
 法規によれば、主教の聖別には、3人以上の主教による按手が必要になります。実際には、現職の各教区主教と退職主教も特別の事情がない限りは出席し、また、このところ慣例として、日本聖公会と大韓聖公会では互いの主教按手式に列席しており、大韓聖公会3教区の主教も来日して主教按手式に加わっていますので、今回は礼拝の中で15名以上の主教が主教聖別のために、オーガスチン小林尚明被選主教の頭に手を置きました。
 司式主教(首座主教)の前に被選主教が跪き、その周りを主教たちがぐるりと囲んで手を置くシーンは圧巻で、感動的です。
 かつて、聖公会の主教按手式に列席したカトリック教会司教が、聖公会のこのスタイルの按手式に感動しておられたことを思い出します。
 さて、今回は15名以上の主教が主教被選者に手を置きましたが、新主教に手を置いた主教たちも、かつて少なくとも3名以上の主教によって按手されています。そして、その主教もまたその前代の主教たちによって按手されています。
 おそらく、4〜5代遡れば、その主教は英国聖公会、米国聖公会或いはカナダ聖公会の主教であるはずです。更に遡ると、どこに、また誰に至るのでしょう。
 カトリック教会は、その座の始まりはペトロの座である、と主張するでしょう。マタイによる福音書第16章18節がその根拠になっています。そして、バチカンのサン・ピエトロ寺院がそのシンボルです。教会は司教座で信仰の指導者を按手し、権威を与え、その働きは全世界に広がっていきます。教会は、キリストの群れに連なるしるしとして、聖職と信徒を按手して、信仰者とその信仰を継承するしるしを目に見える形に表してきたのです。
 聖公会(英国教会)は、16世紀にローマカトリック教会から分離しますが、この按手の大切さは、その後も引き継がれています。
 私もこの流れの中で、信徒として按手され、更に執事、司祭に按手されました。信徒の皆さんも按手により職位を継承された主教から堅信礼(按手)を受けたのです。
 ことに、主教按手については、日本聖公会の歴史の中で大切な働きをした時代があります。それは、第二次世界大戦の時のことです。
1930年代後半から終戦に至るまで、日本の教会は言論統制の中で厳しい時を過ごしました。
 1939年4月8日に発布された「宗教団体法」は、翌1940年4月1日に施行され、日本聖公会は単独の教派として存立する条件を満たしていたものの組織存立を認められず、国の認可を受けていない非合法宗教団体と見なされるようになり、制度上、法的には各個の教会が単独の無認可団体になることを余儀なくされました。その時に、日本聖公会の教区とその聖職と信徒の中には、各教派が大同団結する「日本基督教団」への合同を主張し、実際に幾つかの教会は日本聖公会を離れてプロテスタント合同の「日本基督教団」に合流していったのでした。
 しかし、その合同の動きに流されない「錨」の役目を果たしたのが、この主教按手によって維持継承されてきた「主教、司祭、執事の三聖職位を確守する」ことだったのです。日本聖公会が、例え法的には非合法の団体と見なされるようになっても、歴史的主教制によって教会の目に見える姿を堅持してこそ教会として存立する意味があると考えたのでしょう。日本聖公会は、終戦に至るまで激しい弾圧と迫害を受けました。戦っている相手が米英であれば、英国教会の流れにあり、敵国の宣教師によって布教された日本聖公会が生け贄の羊とされるのもお分かりでしょう。
 日本基督教団に合流した者もその中で主教制をつくり出そうとして、教団内で主教按手を行うということまで起こりましたが、現在の日本基督教団は主教制ではありません。
合同に反対した須貝止主教、佐々木鎮次主教をはじめ幾人かの聖職はスパイ容疑などで拘留され官憲の取り調べと称する暴行を受けました。各地の教会でも聖職と聖職子女はいじめや嫌がらせを受けました。ことに先に名前を挙げた2人の主教は明らかに死期を早めることになりましたし、官憲の暴行によって聴力を失った司祭もいました。
 日本聖公会は、このような歴史を歩んでいる教会です。主教も生身の人間ですから、人間として完全なわけではありません。でも、主教職を継承する主教個人が大切にされねばなりませんし、主教職そのものも大切にされねばなりません。
 教会が教会としてしっかり立っていくために、初代教会から堅持してきたことの一つがこの「主教制」であり、「歴史的主教制」と言います。この主教制が私たち日本聖公会の性質を目に見える形で表していることを心にとめたいと思います。
 私は戦後の生まれで、自分自身が戦中の迫害を乗り越えたわけではないけれど、また、私自身はそのような迫害に耐えられるなどと豪語できないけれど、私はこのように主教制の教会として生き続ける聖公会を誇りに思いますし、他教派ではなく日本聖公会の聖職であって良かったと思っています。
                       『草苑』水戸聖ステパノ教会月報 2017年10月号に掲載
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 13:42| Comment(0) | 牧師のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

考え直して マタイによる福音書21:28〜32    A年特定21   2017.10.01

「考え直して」
A年特定22 マタイによる福音書21:28〜32        2017.10.01

 今日の福音書は、父親が二人の息子にぶどう園で働くように頼んだという例え話の箇所です。
 始めに、この例えのぶどう園での働きは、過酷な労働を意味するのではなく、天の国への招きとその招きに応えることを意味していることを理解しておきたいと思います。
 この例え話では、徴税人や罪人呼ばわりされている人たちは、初めのうち自分たちにはぶどう園で働く資格など無いと思っていた人たちであったと言えます。そこで彼らはぶどう園で働くことを遠慮して拒みました。でも、この人は、何をすることが父の考えに相応しいのかを「考え直して」ぶどう園に出かけていき、そこにいる恵みと働く喜びを得ることが出来ました。
 この話の中に用いられている「考え直す」という言葉に着目してみましょう。この言葉は、もとのギリシャ語では「μεταμελομαιメタメロマイ」という言葉で、「良心に責めを覚える」という意味が含まれています。
 他の箇所での用例としては、主イエスを裏切ったイスカリオテのユダがそのことを悔やみ、考え直して祭司長たちのところに出かけていきますが、その場面でこの言葉が用いられています。ユダの場合は、せっかく「考え直して」も、神の御心に戻れず、自分の考えだけでこの事態から逃れようとして、銀30枚を神殿に投げ入れて首を吊ってしまいます。
 一方、今日の福音書の物語では、考え直した兄息子の方は、父の言葉に従う事へと立ち返り、ぶどう園の働きに出かけていきました。このように、神の御心に立ち戻ることこそ天の喜びであると、今日の福音書は教えています。
 この「考え直す:メタメロマイ」ということは、クリスチャンとしての生き方の基本であると言えるでしょう。
 今日の福音書の箇所をマタイによる福音書全体の中でどのような位置にあるのかを見てみましょう。この物語は、主イエスが十字架にお架かりになる直前の火曜日に、主イエスがユダヤ教の指導者たちと激しい論争をした中で、主イエスさまがお話しになっている中にあります。
 この日は「論争の火曜日」とも呼ばれています。ユダヤ教の指導者たちは、「神に選ばれたイスラエル民族としての救い」を説き、それも、神との間に結んだ約束である律法を忠実に守り通すことによって救われると教えました。そして、律法を守り通すことなど出来ない者は、たとえ同じユダヤ人であっても神の救いに入ることは出来ないと教えたのです。指導者たちは律法を形式的に守ることばかりを大切にし、そのようにする自分たちを救われる側に置いていました。そして、律法を守れない人々を差別し、切り捨てるようになりました。
 これに対して主イエスは、たとえ律法を守れない人がいても、神はその人をなお愛しており、その神の御心に立ち返ることこそ天の喜びであると教えたのです。
 この論争の2日前、主イエスがエルサレムにお入りになると、神殿の指導者たちと主イエスとの対立ははっきりしてきました。主イエスがエルサレムに来てから3日目、主イエスとユダヤ教の指導者たちは神殿の中で論争し、その論争は激しさを増していきます。その結果、ユダヤ教の指導者たちはイエスを殺す計略を具体化し、実際にこの「論争の火曜日」から4日目に当たる金曜日に、彼らは主イエスを十字架に架けることになっていくのです。
 神殿で荘厳な礼拝をささげ、神の教えを説く指導者たちでも、主イエスの目で見ると、知識としての律法で他人を裁き権力に物を言わせて弱い者を虐げて指一本貸そうとしない姿がはっきりと表れていました。彼らの姿は神との交わりから遠く離れた罪人であり、それとは反対に、弱く貧しく無力であるが故にユダヤ社会からはじき出され除け者にされ、心の深いところで悲しみを抱えて神を求める人たちの方が主イエスの目から見るとはるかに神の国に近い人たちだったのです。主イエスが今日の福音書で具体的に挙げている「徴税人や娼婦たち」とは、そうような人の典型でした。
 徴税人は町の門や船着き場でそこを通行する人や荷物に税をかけました。徴税人は課すべき税額以上の税金を取ることを認められており、その余りを自分の懐に入れていました。また、徴税人はユダヤ人だけでなく異邦人からも税を取り立てていたために「異邦人とも交わりを持つ汚れた者」とされたり、集めた税金がユダヤを支配するためにローマ帝国に納められたり領主ヘロデのもとに献げられていたために、徴税人は「他国のために働く裏切り者、ローマの犬」と罵られました。そして徴税人はそのような生活の中でやがて自分を失い、生きる意味を忘れていきます。徴税人はますますお金だけを頼りに生きるようになり、町の人たちから孤立して一層嫌われ者になっていったのです。
 また娼婦については、性に関する考えが道徳も秩序も無くなっている現代とは全く違い、当時は結婚していない者の性交については石打の刑に処せられることもあり、娼婦は汚れた者として軽蔑されていました。
 そんな徴税人や娼婦たちが主イエスと出会い、主イエスによって存在を認められて自分を取り戻し、再び自分の生きる意味を見出し、喜びの生活を与えられていきました。彼らは、主イエスによって見つけられ、受け入れられ、愛されることによって、生まれ変わるのです。それは徴税人や娼婦をはじめ、重い皮膚病の人たちも同じでした。
 一方、ユダヤ教の指導者たちは、自分を救われた者の側に置いて、徴税人達を見くだしました。彼らは律法を楯にして貧しい人々を裁いて優越感に浸っています。彼らは律法によって自分自身を振り返ったり考え直したりすることがなく、律法の衣を着て、自分たちこそ天の国に入るに相応しい者だと思い上がり、御言葉に照らして自分を省みることを忘れていました。
 今日の福音書で、息子の一人は「お父さん、承知しました」と言って、自分はあたかも父の思いを理解するかのように見せかけ、すぐにでも実行しそうな返事をしていますが、実際にはぶどう園の働き(つまり神の国の働き)をしてはいないのです。それとは反対に兄の方は、一度ははっきりと「いやです」と言って父の誘いを断りますが、後で考え直して出かけていきました。
 初めにも少し申し上げたように、「メタメロマイ(考え直す)」とは、良心に責めを負うと言うことです。御心に照らして自分を考え直すことは、「いやです」と答えて御心を行うことを拒んでしまった自分を改めて御言葉に照らして振り返り、より本当の自分、より真実の自分に近付いていく歩みに導かれることです。それはまた私たちを本当の自分として生かしてくださる神に私たちの方から近付いていこうとする絶え間ない歩みでもあるのです。
 ぶどう園で働くことを一度は尻込みしたり拒んだりして「いやです」と答えながら、後で「考え直して」出かけていった息子の中に、私たちは信仰者の歩みを見ることができます。初めから完璧な信仰を持っている人などいません。主の御心に自分を照らし、自分の貧しさや弱さに気付いて、そこに働いてくださる神の恵みを感謝するところにぶどう園に召された喜びが生まれてくるのです。私たちも時に浅はかに「いやです」と言ってしまい、そのことによって父の御心にやっと気付いたり、自分を見つめ直すことや考え直すこともあるのではないでしょうか。私たちは、そのようにして、より深い信仰の成長へと導かれていくことになるのです。
 このように考えてみると、御心に照らして考え直し続ける営みは信仰者として欠かせないことであり、とりわけ聖書を通して御心を深く理解するようにつとめることと祈りによって神と心を通わせることは、私たちの日々の信仰生活で実践することが求められるのです。
 時に私たちは御言葉に対して無理解になったり、反抗的にさえなったりも致しますが、御言葉の前に深く自分を振り返り、御言葉によって自分を照らし出し、改めて自分を見つめ直し、神さまと豊かに心を通わせる信仰生活を創り上げて参りましょう。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 13:39| Comment(0) | 説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする