2018年02月03日

三寒四温 2018年2月4日

三寒四温 

 「三寒四温」。毎年、立春を迎える頃から、私の大好きなこの言葉が心に浮かびます。この言葉は、私の中で、教会暦の「大斎節」にも重なります。
 この言葉が好きになったきっかけは、季節のこととしてではなく、人の成長に関することでした。
 私がかつてある研究会で指導を受けていた時、その先生は「三寒四温」という言葉を用いてコメントをしてくださいました。
「人が成長したり回復したりしていくのは、三寒四温だからね。ゆっくりとしっかりと支えてあげなさい。」
それ以来、この言葉はわたしの大切な言葉になりました。
 この数年、幼児教育の中で、この「三寒四温」に通じる精神の大切さが指摘されています。それは、幼児教育において、何が本当の効果をもたらすのかということについての議論が盛んになったことに関連しています。
 例えば、文字や計算の学習を早期から行うことは、それを行わなかった子どもと比較すると、小学校の低学年までは確かに有意差のある結果があらわれます。しかし、8歳から9歳になる頃には、それを行った子どもと行わなかった子どもとの学力の相関関係に有意差はなくなるという研究結果が報告されました。むしろそれを行わなかった子どもたちの方が、表現力や発想力が豊かに成長しているという指摘さえあるのです。つまり、早期の文字教育や計算力教育あるいは知能検査の一部になっている知力の訓練をした直後には一定の効果が見られるものの、長い目で見ればそこに力を注ぐ意味は薄いと言えるのです。
 それでは、何が人を育てるのでしょう。
 それは、直ぐに点数に出てこないような、「生活力」の大切さです。この「生活力」のことを近年「非認知的能力」と呼んでいます。そして、子どもの「生活力」すなわち「非認知的能力」を育てる上で最も基本的なことは、先の言葉を用いて言えば「子どもの成長は三寒四温だから」と子どもを温かく支えていくことを通してであり、そのような人と人の関わりが子どもの「自己肯定感」を養うことなのです。子どもは、周りの大人(重要な他者)の信頼感に支えられることで、自分の言動に自信と責任を持つようになります。その上で、子どもたちは、仮に失敗しても「大丈夫、今にできるようになるよ。挑戦を続けるうちにその力もついてくるよ。」という思いを基盤にして(この思いを近年「自己肯定感」と呼んでいます)、自分にも他の人にも関わることのできる人に育っていけるのです。
 そのような「生活力」を育てるためには、子どもが自分を自由に表現できる環境を整え、子どもはその環境の中で、たくさん遊び込むことが必要であり、その子どもたちを育む枠としての生活習慣と受容的で共感的な「重要な他者」との関わりが必要であることが指摘されているのです。
 その関わりについての具体的なことを2,3挙げておきましょう。
・子どもの話をしっかり視線を合わせて聴いてあげること。そして、その中身は評価しないこと。
・子どもの不適切な言動は、叱るのではなく、どうすれば良いのかを一緒に考えること。子どもの事情を理解せずに叱りつけることは、子どもの心をくじき自己肯定感を損ないます。
・食事、排泄、着替えなどをはじめ生活の基本的なことを自分でできるように支援すること。先回りしてやってあげてしまうことは子どもの問題解決能力の成長を損ないます。
・挨拶をはじめ良い生活習慣を身に付けさせること。挨拶は他者を認識する出発点です。
・意欲をもって取り組むことを支えて励ますこと。例え失敗してもその経験は次の挑戦へのステップになります。等々。
 こうした流れの中で、子どもが漢字や計算に興味や意欲を持った時にそれに挑戦させることは決して悪いことではないことも付け加えておきましょう。
でも、基本は幼少期の子どもに算数を教えるより、例えばブロック遊びでの長さ、高さ、量、大きさなどを味わったり、トランプのようなゲームを他の人との駆け引きの中で数字や組み合わせを味わったりすることの方が、非認知的能力を鍛えることになるでしょう。
 また、小さな子どもに文字を教えるより、自分の経験を沢山おしゃべりすることの楽しさ(大人は子どものおしゃべりを聴いてあげる楽しさ)を味わったり、世界の著名な絵本や物語を一緒に読んで楽しんだりすることの方が、子どもの内面を豊かにすることにつながります。冬の寒さの先には、花咲く春が来ます。結果は目に見えて現れないようでも、寒い冬の後には春が待っています。
 このように文章を記していると、私が小学校時代に先生が話してくれたもう一つの言葉を思い出しました。
「冬来たりなば、春遠からじ。」
三寒四温の季節になります。希望をもって、自分の内面を着実に育み、幼子らの心身を育む務めを励んで参りましょう。
      『草苑』水戸聖ステパノ教会月報 2018年2月号
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 18:25| Comment(0) | 牧師のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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