2019年02月11日

ペトロの召命 −恵みを信仰に− ルカよる福音書第5章1−11     顕現後第5主日   2019.02.10

 ペトロの召命 −恵みを信仰に−
ルカよる福音書第5章1−11     顕現後第5主日   2019.02.10

 今日の聖書日課福音書には、最初の弟子となるシモン・ペトロが主イエスに召し出された物語が取り上げられています。
 シモン・ペトロやアンデレ、ゼベダイの子ヤコブとヨハネは、ガリラヤ湖で魚を獲る漁師でした。漁をするのは深夜から明け方までで、日がのぼると漁は終ります。その日、シモン・ペトロたちは夜通し苦労して漁をしても、ただの一匹すら獲れませんでした。彼らが舟を上がって網を洗っていた時のことです。主イエスが近づいて来られました。大勢の人がイエスの話を聞こうとして、追いかけるようについてきています。主イエスはペトロに舟を出して岸から少し漕ぎ出すようにとお願いなさいました。ペトロは言われるままに主イエスを乗せて舟を出すと、主イエスは舟の中で腰を下ろし、そこから岸辺にいる大勢の人々にお話しなさいました。話し終えると、主イエスは、ペトロにそのまま沖へ漕ぎ出して漁をするようにと言ったのです。ペトロは驚き戸惑いました。
 「なぜ?自分は長年この湖で漁をしてきた。今日は不漁だったし、既に日も高くなっているのに。しかもこのお方は大工の息子ではないか。私はこの湖を知り尽くしているし、今朝まで一晩中網を打っても魚は獲れなかった。もう網も洗い終わっているのに、このお方はなぜ網を降ろしてみよなどと、面倒なことを仰有るのだろう。」
 ペトロは漁師としてのプライドが潰される思いであったかも知れません。その一方で、ペトロは主イエスの特別なお力を知っており、このお方の言うことなら従ってみようという思いもあっただろうと思います。ペトロがそう思うのは、今日の聖書日課福音書の前のルカ4:38〜に記された出来事があったからです。
 ペトロの姑が高熱に苦しんでいた時、主イエスが彼女の熱を追い出すと直ぐに熱は下がって元気になり、起きあがって主イエスと一同をもてなしたのでした。
 ペトロは主イエスの言葉に従って、自分の意志によってではなく、主イエスの言葉に従って網を降ろしてみました。結果は網が破れんばかりの大漁でした。自分のいる舟だけでは手におえず、岸にいる仲間にも助けを求めました。どちらの舟も沈みそうになるほど、魚で一杯になりました。
 この時、シモン・ペトロは主イエスの足下にひれ伏して言います。「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです」。
 主イエスは「怖れることはない、今から後、あなたは人間をとる漁師になる。」と言ってペトロを招きます。ペトロはいっさいを捨てて主イエスに従っていきました。
 これが、主イエスの初めの弟子になったシモン・ペトロの召命の物語です。
 このように召し出されたシモン・ペトロは、この後どのように生きていくことになったでしょう。簡単に振り返ってみましょう。
 主イエスの12弟子の中で、聖書に登場する回数が最も多いのはこのペトロです。主イエスが弟子と一緒におられる大切な場面では、必ずこのペトロの名前が出てきます。多くの場面で、ペトロは弟子を代表して、主イエスに尋ね、主イエスから尋ねられ、時には主イエスに「サタン、引き下がれ」と言われて叱られてもいます(マタイ16:23)。
 主イエスのお姿が、山の上で真っ白く輝くほどに変えられた時、それは「主イエスの変容貌(ルカ9:28)」と呼ばれる出来事ですが、その時も、また十字架にお架かりになる前の晩にゲツセマネで祈っていた時(マタイ26:40)も、ペトロは主イエスのすぐ近くにいました。また、主イエスが十字架にお架かりになる予告をなさった時にその言葉にいち早く反応したのもペトロでした(マタイ26:30)。主イエスが捕らえられて大祭司の館で取り調べを受けている時、ペトロはその館に入り込んで様子を伺い、イエスの仲間であることを見破られて、主イエスのことを「知らない」と言いました(ルカ22:54)。更に、主イエスの遺体を納めた墓が空になっているという知らせを受けた時、その墓に急ぎ、誰よりも先に墓の中に入った(ヨハネ20:6)のもペトロであり、甦った主イエスから「わたしの羊の世話をしなさい」と教会の群れを牧することを託されたのもペトロでした(ヨハネ21:15〜)。
 使徒言行録に拠れば、ペトロは主イエスの御心を宣べ伝えるのはユダヤ人の範囲に留めるべき事ではなく、その福音は異国の人々にももたらされるべきであるとのお告げを受け、「どんな国の人びとでも、神を畏れて正しいことを行う人は、神に受け入れられるのです。」(使徒10:35)と言うようになりました。
 そして、その後の伝説によれば、ペトロは遠くローマにまで伝道し、最後には迫害下のローマで捕らえられ、「自分はイエスよりもっと苦しんで死なねばならない」と頭を下にした「逆さ十字架」の刑によって殉教していきました。その地に現在のローマ・カトリックの総本山とも言えるサン・ピエトロ教会が建てられています。
 このような生涯を送ったシモン・ペトロの信仰の始まり、使徒としての始まりが、今日の福音書の「召命物語」なのです。
 主イエスの御言葉に従って網を打ち、大漁を得たときの、ペトロに目を向けてみましょう。ペトロは主イエスにこう告白しています。
 「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者なのです。」
 ここでペトロが告白する「罪深さ」とは、犯罪歴があるとか律法に反する行為を沢山行いながらそれを隠してきたということではありません。本田哲郎神父は、この「罪深い者」という言葉を「道をふみはずした者」と訳しています。その訳のとおり、この場面のペトロは自分が神の御心からあまりに遠い者であることを思い知らされたのです。ペトロは主イエスを舟に乗せて、岸辺の群衆に話をする主イエスの言葉を主イエスの一番近くで聞きました。そしてその直後には、御言葉に渋々従うような形で、自分の考えではとても実行することはなかった昼間の漁をして、思いもよらぬ大漁を与えられました。ペトロは主イエスによってこれまでの自分を根底から問われ、揺さぶられ、畏れつつ主イエスに従っていく事へと導かれているのです。
 イエスのみ言葉とみ業によって、ペトロは自分の罪を浮き彫りにされました。イエスの御前にいる時、ペトロはイエスにすべてを見通され、見通された自分はあまりに主イエスとは隔たりがあることを感じないわけにはいかなかったのでしょう。ペトロは主イエスの足もとにひれ伏して自分の罪深さを告白しています。
 これは、自分を卑下することではありません。また、神は私たちにいたずらに自分の存在を否定することを求めておられることでもありません。そうではなく、ペトロが自分の罪と弱さを知って恐れおののきを自覚することから、そこに働く神の大きな恵みを感謝する思いへと導かれていくのです。自分は本当はそれを受けるに値しない者であるという思いは、そのような自分にも働いてくださる愛への感謝へと導かれているのです。
 先ほどもペトロの生涯を振り返ってみた中にも明らかなとおり、ペトロはこの大漁を与えられた出来事によって直ぐに完璧な信仰を持ったわけではありません。ペトロはこの後も幾度も失敗したり主イエスに叱られたりしながら、そのたびに自分の信仰をより深く確かなものにしていっているのです。
 私たちもそうであるべきなのです。私たちは神から思わぬ恵みを戴いたとき、その恵みを単なる物欲が満たされた出来事として捉えるのでしょうか。そうあれば、私たちは神にもっと欲深く物を求めるようになり、やがては自分の欲望を満たしてくれないイエスに失望し不満を大きくすることになるでしょう。ペトロも神のことを思わず人のことを思うとき、主イエスから「サタン、引き下がれ」とまで言われて叱られました。ペトロは様々な失敗を繰り返しながらも、主イエスから与えられた恵みをとおして、より真実に深く近づいていったのではないでしょうか。ペトロは、主イエスに従うことを通して、主なる神との人格的な交わりを深め、その信仰を練り上げていく事へと導かれています。
 私たちも、主イエスとの交わりをとおして、罪の自覚と共にそこに増し加わる恵みを受け、感謝し、主に導かれて歩む信仰を強められて参りましょう。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 05:50| Comment(0) | 説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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