カテゴリー:牧師のコラム

2017年11月07日

すべての人の魂の日(諸魂日)に思う  2017年11月5日

すべての人の魂の日(諸魂日)に思う

 先日、ラジオで次のような投稿が紹介されていました。
 6歳になる娘が、唐突に「ねえ、お母さん、人間はみんな死ぬの?私も死ぬの?わたし、死ぬのこわいな。」と言いだして、私はうろたえました。やっとの思いで「そうね、私も死ぬのはこわいわ。」と言って娘を抱きしめるほか何もできませんでした。
 この放送を聞きながら、私が子どもから同じように尋ねられたらどう答えられるだろうかと思いました。この問いには、正しい答などありません。その時の子どもの思いや背景、また語られている状況によって答は違ってくでしょう。
 ただ、私がそのお母さんの立場だったら、「私も死ぬのはこわいわ」とは言わなかっただろうと思います。
死の先のことは誰にも分りません。分らないことは時に人を不安にさせるけれど、分らないことは必ずしもその全てが怖いことや悪いことではありません。分らないことは、分らないままそこにとどまるしかなく、もし分るようにして解決できることなら、その努力をしていくことが必要です。
 それでも分らないことがあるのなら、それについてあれこれ色づけをせずに委ねるほかないと思います。私は、人には分らない死の先のことについて、イエスが「父よ」と呼んだ神に委ねたいと思っていますし、もし我が子が死について尋ねてきたら、上記のように答えたいと思います。
 幼子も自我が芽生えてくると、自分の心の中にも理解の及ばない深い領域があることを感じ始めます。その領域は、時に、影のような、魔物のような存在となって、子どもの自我を脅かしてくることもあります。「死」について意識することも、その領域に関することなのではないでしょうか。
 かつて、ある方が「委ねることのできないのは傲慢なことだ」と、例えで話してくださいました。
 その人によれば、飛行機を操縦できない人が飛行機に乗れば目的地まで自分をパイロットに委ねるほかなく、自分の知識や技術ではとても操縦できない飛行機で目的地に運ぶ人を信頼せずにそのパイロットや乗組員を批判することは傲慢なことだと言うのです。
 もっともな例えだと思います。この例えから、私たちは「委ねる」ということの一面を学ぶことができます。
 こうした例えから思い巡らせてみると、もし自分に委ねる相手がいなかったら、私は死を前にしたとき、精神的な苦しさや不安に自分が押し潰されるのではないかと想像します。
 私は生まれた年の降誕日に、自分の知らないうちに、洗礼を授けられた者であり、思春期には「オレのことなのに、断りもなく勝手に洗礼など授けて・・・」と反発したこともありました。でも、今では、自分が意識する以前に神の恵みに委ねられたことや、自覚的にもイエスを救い主と信じる信仰に導かれたことを感謝しています。
 教会暦では、古くから11月1日を諸聖徒日(主にあって逝去したすべての聖人を記念する日)、11月2日を諸魂日(逝去した全ての人の魂のために祈る日)としてきました。
 それぞれの人が、自分の思いによらず、神の定めによって、それぞれにこの世に生を受けまた召されていきます。私もその中の一人ですが、委ねるお方がありそのお方が私の全てを知っていてくださいます。この信仰によって、私の死に対する恐れは限りなく軽減されています。
 世を去った人々の魂が主の御許で安らかでありますように。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 04:28| Comment(0) | 牧師のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月02日

主教の按手 2017年10月1日

主教の按手
2017年10月1日

 9月23日(土)、神戸教区の主教按手・着座式があり、北関東教区を代表して広田教区主教と共に、前日レセプションと当日の按手式・着座式に列席して参りました。
 法規によれば、主教の聖別には、3人以上の主教による按手が必要になります。実際には、現職の各教区主教と退職主教も特別の事情がない限りは出席し、また、このところ慣例として、日本聖公会と大韓聖公会では互いの主教按手式に列席しており、大韓聖公会3教区の主教も来日して主教按手式に加わっていますので、今回は礼拝の中で15名以上の主教が主教聖別のために、オーガスチン小林尚明被選主教の頭に手を置きました。
 司式主教(首座主教)の前に被選主教が跪き、その周りを主教たちがぐるりと囲んで手を置くシーンは圧巻で、感動的です。
 かつて、聖公会の主教按手式に列席したカトリック教会司教が、聖公会のこのスタイルの按手式に感動しておられたことを思い出します。
 さて、今回は15名以上の主教が主教被選者に手を置きましたが、新主教に手を置いた主教たちも、かつて少なくとも3名以上の主教によって按手されています。そして、その主教もまたその前代の主教たちによって按手されています。
 おそらく、4〜5代遡れば、その主教は英国聖公会、米国聖公会或いはカナダ聖公会の主教であるはずです。更に遡ると、どこに、また誰に至るのでしょう。
 カトリック教会は、その座の始まりはペトロの座である、と主張するでしょう。マタイによる福音書第16章18節がその根拠になっています。そして、バチカンのサン・ピエトロ寺院がそのシンボルです。教会は司教座で信仰の指導者を按手し、権威を与え、その働きは全世界に広がっていきます。教会は、キリストの群れに連なるしるしとして、聖職と信徒を按手して、信仰者とその信仰を継承するしるしを目に見える形に表してきたのです。
 聖公会(英国教会)は、16世紀にローマカトリック教会から分離しますが、この按手の大切さは、その後も引き継がれています。
 私もこの流れの中で、信徒として按手され、更に執事、司祭に按手されました。信徒の皆さんも按手により職位を継承された主教から堅信礼(按手)を受けたのです。
 ことに、主教按手については、日本聖公会の歴史の中で大切な働きをした時代があります。それは、第二次世界大戦の時のことです。
1930年代後半から終戦に至るまで、日本の教会は言論統制の中で厳しい時を過ごしました。
 1939年4月8日に発布された「宗教団体法」は、翌1940年4月1日に施行され、日本聖公会は単独の教派として存立する条件を満たしていたものの組織存立を認められず、国の認可を受けていない非合法宗教団体と見なされるようになり、制度上、法的には各個の教会が単独の無認可団体になることを余儀なくされました。その時に、日本聖公会の教区とその聖職と信徒の中には、各教派が大同団結する「日本基督教団」への合同を主張し、実際に幾つかの教会は日本聖公会を離れてプロテスタント合同の「日本基督教団」に合流していったのでした。
 しかし、その合同の動きに流されない「錨」の役目を果たしたのが、この主教按手によって維持継承されてきた「主教、司祭、執事の三聖職位を確守する」ことだったのです。日本聖公会が、例え法的には非合法の団体と見なされるようになっても、歴史的主教制によって教会の目に見える姿を堅持してこそ教会として存立する意味があると考えたのでしょう。日本聖公会は、終戦に至るまで激しい弾圧と迫害を受けました。戦っている相手が米英であれば、英国教会の流れにあり、敵国の宣教師によって布教された日本聖公会が生け贄の羊とされるのもお分かりでしょう。
 日本基督教団に合流した者もその中で主教制をつくり出そうとして、教団内で主教按手を行うということまで起こりましたが、現在の日本基督教団は主教制ではありません。
合同に反対した須貝止主教、佐々木鎮次主教をはじめ幾人かの聖職はスパイ容疑などで拘留され官憲の取り調べと称する暴行を受けました。各地の教会でも聖職と聖職子女はいじめや嫌がらせを受けました。ことに先に名前を挙げた2人の主教は明らかに死期を早めることになりましたし、官憲の暴行によって聴力を失った司祭もいました。
 日本聖公会は、このような歴史を歩んでいる教会です。主教も生身の人間ですから、人間として完全なわけではありません。でも、主教職を継承する主教個人が大切にされねばなりませんし、主教職そのものも大切にされねばなりません。
 教会が教会としてしっかり立っていくために、初代教会から堅持してきたことの一つがこの「主教制」であり、「歴史的主教制」と言います。この主教制が私たち日本聖公会の性質を目に見える形で表していることを心にとめたいと思います。
 私は戦後の生まれで、自分自身が戦中の迫害を乗り越えたわけではないけれど、また、私自身はそのような迫害に耐えられるなどと豪語できないけれど、私はこのように主教制の教会として生き続ける聖公会を誇りに思いますし、他教派ではなく日本聖公会の聖職であって良かったと思っています。
                       『草苑』水戸聖ステパノ教会月報 2017年10月号に掲載
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 13:42| Comment(0) | 牧師のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月04日

教会の規範、習慣、雰囲気のことなど

教会の規範、習慣、雰囲気のことなど
司祭 ヨハネ 小野寺 達
 ある組織で、毎月の報告書の提出が義務づけられているのに、「オレ、今月も出さなかったよ、ハハハ・・・」という人がいるとします。そのような働き方やその態度が当たり前になると、その組織はどうなっていくでしょう。他のメンバーの中には、「何だ!あの報告書は出さなくても構わない程度のものなのか。僕も適当に書いて出せばいいし、提出期限も守らなくていいんだ。彼が提出しなくても上司は何も言わないようだし・・・」という人が生まれてくるかもしれません。こうしてその組織にマイナスの規範、習慣、雰囲気が生まれてきます。
また、ある事務所のトイレに「きれいに使いましょう」という貼り紙がしてあります。ところが、そのトイレの棚は埃だらけ、手洗いシンクは水垢と石鹸カスで汚れ放題。床には薄汚れた雑巾が落ちているのか置いてあるのか。こうしてこの団体に、トイレは汚れたまま放置され、マイナスの規範、習慣、雰囲気が醸し出されてきます。
こうしたマイナスの規範、習慣、雰囲気は、教会の中にも入り込んでくることを、私たちはよくよく気をつけていなければなりません。
礼拝の時に、聖書を開かなくてもいい、聖歌は周りに合わせて口を動かす程度に歌えばいい、祈祷書の祈りの言葉はボソボソと唱える程度でいい、献金は自分が痛まない程度にすればいい等々、誰に教わったわけでもないのに、いつの間にか沈滞ムードに支配されてしまう教会もあるのです。
各自がチョット振り返ってみれば、たとえ小さなことからでもプラスの規範、習慣、雰囲気を作っていく糸口はあるのではないでしょうか。
教会に(他の組織でも)プラスの規範、習慣、雰囲気を作っていくためには、それなりの努力と工夫が必要です。怠けていたり自分の殻の中に閉じ籠もっていたい人から足を引っ張られたり陰で悪口を言われることだってあるかもしれません。
でも、教会には「み国が来ますように。み心が天に行われるとおり、地にも行われますように。」ということにおける信仰による一致とヴィジョンがあります。
このヴィジョンを実現するために、私は何ができるだろう、何をすることを神から求められているのだろう、と祈り求め、始めの小さな一歩を歩み出すことで、教会の中にプラスの規範、習慣、雰囲気が少しずつ出来始めるのだと思います。時には各自のヴィジョンの違いを語り合い、理解し合い、受け止め合っていかねばならないでしょう。そのような時にも、意見の違う相手を頭ごなしに否定したり拒否するのではなく(それはマイナスの規範を作り出します)、粘り強くその作業を貫くことが必要になりますが、そうした対話の作業そのものが、教会の良い規範、習慣、雰囲気を作るための大切なプロセスになるのです。
私たちの教会のプラス面、マイナス面をそれぞれに考えてみてください。そして、そこに「私はどのように関わっているのか、関わるべきなのか」を思い巡らせてみてください。
 『草苑』水戸聖ステパノ教会月報 2017年9月号 No.552 
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 06:28| Comment(0) | 牧師のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする