カテゴリー:幼稚園

2017年02月27日

ケルト十字架

水戸聖ステパノ教会 聖堂内

ケルト十字架 2017.02.24

 聖堂で、子どもたちと礼拝しました。今日のお話のテーマは、「隣人を愛する」ということ。
 そこで、イエスさまが「あなたの神である主を愛しなさい。」「隣人を自分のように愛しなさい。」と教えてくださったことを話し、聖堂正面の十字架を指さして、「神さまを愛することを示す縦の棒と自分の隣人を愛することを示す横のの組み合わせで十字架ができあがっています。イエスさまが十字架につけられて死ぬことでそのことを示してくださいました。」と話しを結びました。
 礼拝の後、子どもたちと一緒にお弁当を食べていると、子どもたちから「縦の棒と横の棒だけではなくて、丸いしるしがあるでしょ。あれは何なの?」という質問を受けました。 私は、「イギリスのケルト地方の人々が、自分たちの教会を示すためにつかった」などと答えることしかできませんでした。が、一人の子どもが私の答えを受けて、「丸は地球なんじゃない?」と言いました。
 とても興味深いイメージです。私は「なるほど。そう考えるのも面白いね。」と応じるのに精一杯でしたが、改めてその子どもの言葉を思い返してみました。
 十字架の縦棒と横棒が切り結ぶところに十字架があり、その十字架はこの世界の中心に据えられています。あの円環が地球を意味するとすれば、ケルト十字架はこの世界が主イエスの十字架によって贖われていることを示している、と言えます。
 普通、ケルト十字の円環は、永遠性とか、十字架の後光、光輪を表すなどと説明されますが、十字架はこの世界の贖いを豊かに示していることの表象であると考えるのは、何と素晴らしいことだろう!と思うのです。
 ケルト十字架がとても身近で魅力的に思えてきました。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 幼稚園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

優しさが引き出される時 2017.2.18

優しさが引き出される時

 ある園児(D君)の家庭に赤ちゃんが生まれて、もうすぐ5歳になるD君は、お兄ちゃんになりました。赤ちゃんが生まれて3週間ほど経つと、母親は赤ちゃんをバギーに乗せて、D君の送り迎えをするようになりました。毎朝、私は園の玄関前で登園してくる園児のお迎えに立っていますが、以前は気付かなかったD君の一面に気付くようになりました。
 玄関前の小さな段差の所に来ると、D君は赤ちゃんのバギーの脇へ行って、そのバギーを少し持ち上げるお手伝いをするのです。そして、送ってきたお母さんから離れる時に、赤ちゃんに優しい顔で一言「それじゃ、行ってくるからね!」と言葉をかけているのです。私は、「D君にこんな一面があったのか」と思い知らされました。
 もしかしたら、そのような思いを持ったのは、私だけではないかもしれません。D君のお母さんやお父さんなど、お家に人もそう感じているのではないでしょうか。D君のそのような優しさが現れでる、ご家庭の雰囲気を思い巡らせて,私も温かな気持ちになりました。
 小さな赤ちゃんが,Dくんの優しさを引き出しているのです。D君はこれからも赤ちゃんとの適切な関わりをたくさん経験し、その優しさが逞しさと相まって、いっそう深いものへと育っていくことを願わずにはいられません。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 幼稚園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

時がある 2017年1月18日

 何事にも時があり、天の下の出来事にはすべて定められた時がある。(コヘレトの言葉3・1
 幼稚園の第3期が始まって1週間が経ちました。
 園長として毎日玄関前に立って、登園のお迎えをしています。昨日、今日と、思ってもいなかった朝の挨拶を二ついただきました。
 その一つ。毎朝、お母さんと一緒に、園児であるお姉さんYちゃんを送りに来る女児Sちゃん。Sちゃんは3月で満3歳になります。いつもお母さんと園児であるお姉さんは、ニコニコ気持ちよく挨拶をしてくれます。これまで、妹のSちゃんは、ちょうどお母さんやお姉ちゃんが挨拶をする頃、絶妙のタイミングでお母さんの向こう側に周り、挨拶を避けていました。そのタイミングといい、表情といい、何とも可愛く、私はいつもお母さんと視線を合わせて笑っていました。そのSちゃんが、なんと、昨日、初めて、しっかりとした言葉で「おはようございます」と丁寧にお辞儀をしてくれました。私は、あまり大袈裟になりすぎないように、「おやー、Sちゃん、おはようございます。」と挨拶しました。
 今朝はどうかなと思っていると、Sちゃんは今日もしっかりとご挨拶。何がきっかけだったのでしょう。嬉しい朝です。
 もう一つ。今期になって、満3歳で入園したKくん。始業の日から毎朝お母さんと離れ難く、大声で泣いています。玄関でKくんを置いて帰って行かれるお母さまは「この時が切ない」と言っておられます。それが、Sちゃんの出来事があった同じ昨日の朝のこと、Kくんはこの日はお母さんに抱っこされてではなく、手をつないでやって来て、私の前まで来ると「おはようございます」とニコニコ顔で挨拶してくれたではありませんか。私も嬉しくなって「はい、おはようございます。」とKくんを覗き込むようにご挨拶しました。そして、今日も。
 昨日は、私にとって「挨拶記念の日」になりました。しかも、思ってもいなかった嬉しい挨拶が2つも重なるなんて。
 何事にも時があります。嬉しい時が重なりました。
 待ちつつ、たゆまず、時が満ちる喜びを沢山与えられるよう、日々の勤めにあずかりたいと思います。 
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 21:33| Comment(0) | TrackBack(0) | 幼稚園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする