カテゴリー:幼稚園

2019年07月11日

おはようのハイタッチ 2019.7.11

おはようのハイタッチ

 私は、あまり丁寧に朝のご挨拶をする習慣のない家庭で育ちました。そのためか、未だに挨拶がぬけて、他の人に失礼は思いを持たせてしまっていないかと気になったりもしています。
 今、幼稚園園長として、基本的には毎朝30分〜40分程度、玄関の前に立って登園する子どもを迎えています。そして、かつては苦手だった「おはようございます」の挨拶を、登園してくる園児親子、園バスで登園してくる子どもたち、そして幼稚園の前を通行するお勤めの方々や登校する高校生などと交わしています。
 中には、お母さまが子どもに「しっかり園長先生のお顔を見て!」とアドバイスして、親子で丁寧にご挨拶くださる方もおられ、また、時々来られるお父さまは私の前まで来ると、「はい、気をつけ!」と子どもを促して親子で揃ってビシッと礼をしてくださったりして、私の方が、日々、挨拶の訓練をしていただいている思いです。
 丁寧に礼儀正しく挨拶をすることの大切さを思う一方で、私は登園してくる子どもたちと朝の挨拶として(挨拶代わりに)、ハイタッチをしています。ハイタッチの挨拶は、丁寧な礼儀正しい挨拶ではありませんが、私にはその日の子どもの様子(感じ)がより一層伝わってくるように思えます。
 勿論、言葉で挨拶を交わして会釈をすることからも伝わってくるものもありますし、子どもたちを迎える者として、そこから子どもの様子を感じ取らなければなりませんが、ハイタッチはそこにひとつ小さなスキンシップが加わります。
 「おはようございます」という言葉と共に、私の手を勢いよく叩いたり、遠慮がちにそっと触れたりする一人ひとりの表現を味わいながら、私の一日が始まります。私とハイタッチする子どもたちにとっても、良いあいさつ代わりのハイタッチであったらいいな、と思います。
まだまだ朝のご挨拶が苦手な子どもが、はにかみながらも私と手のひらを合わせることで、それを小さな儀式として、「さあ、幼稚園に来たぞ、今日の一日が始まるぞ!」というスイッチが入り、玄関の中へと向かってくれれば、私とのハイタッチは十分その役割を果たしていることになるのだろうと思います。
 駅の構内に入る時、改札口で切符を通したりカードを当てたりして、そこで気持ちが少し切り替わるように、子どもたちとのハイタッチが良い一日の始まりとなる小さなルーティーンであったら幸せです。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 19:00| Comment(0) | 幼稚園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月27日

ケルト十字架

水戸聖ステパノ教会 聖堂内

ケルト十字架 2017.02.24

 聖堂で、子どもたちと礼拝しました。今日のお話のテーマは、「隣人を愛する」ということ。
 そこで、イエスさまが「あなたの神である主を愛しなさい。」「隣人を自分のように愛しなさい。」と教えてくださったことを話し、聖堂正面の十字架を指さして、「神さまを愛することを示す縦の棒と自分の隣人を愛することを示す横のの組み合わせで十字架ができあがっています。イエスさまが十字架につけられて死ぬことでそのことを示してくださいました。」と話しを結びました。
 礼拝の後、子どもたちと一緒にお弁当を食べていると、子どもたちから「縦の棒と横の棒だけではなくて、丸いしるしがあるでしょ。あれは何なの?」という質問を受けました。 私は、「イギリスのケルト地方の人々が、自分たちの教会を示すためにつかった」などと答えることしかできませんでした。が、一人の子どもが私の答えを受けて、「丸は地球なんじゃない?」と言いました。
 とても興味深いイメージです。私は「なるほど。そう考えるのも面白いね。」と応じるのに精一杯でしたが、改めてその子どもの言葉を思い返してみました。
 十字架の縦棒と横棒が切り結ぶところに十字架があり、その十字架はこの世界の中心に据えられています。あの円環が地球を意味するとすれば、ケルト十字架はこの世界が主イエスの十字架によって贖われていることを示している、と言えます。
 普通、ケルト十字の円環は、永遠性とか、十字架の後光、光輪を表すなどと説明されますが、十字架はこの世界の贖いを豊かに示していることの表象であると考えるのは、何と素晴らしいことだろう!と思うのです。
 ケルト十字架がとても身近で魅力的に思えてきました。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 21:49| Comment(0) | TrackBack(0) | 幼稚園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月18日

優しさが引き出される時 2017.2.18

優しさが引き出される時

 ある園児(D君)の家庭に赤ちゃんが生まれて、もうすぐ5歳になるD君は、お兄ちゃんになりました。赤ちゃんが生まれて3週間ほど経つと、母親は赤ちゃんをバギーに乗せて、D君の送り迎えをするようになりました。毎朝、私は園の玄関前で登園してくる園児のお迎えに立っていますが、以前は気付かなかったD君の一面に気付くようになりました。
 玄関前の小さな段差の所に来ると、D君は赤ちゃんのバギーの脇へ行って、そのバギーを少し持ち上げるお手伝いをするのです。そして、送ってきたお母さんから離れる時に、赤ちゃんに優しい顔で一言「それじゃ、行ってくるからね!」と言葉をかけているのです。私は、「D君にこんな一面があったのか」と思い知らされました。
 もしかしたら、そのような思いを持ったのは、私だけではないかもしれません。D君のお母さんやお父さんなど、お家に人もそう感じているのではないでしょうか。D君のそのような優しさが現れでる、ご家庭の雰囲気を思い巡らせて,私も温かな気持ちになりました。
 小さな赤ちゃんが,Dくんの優しさを引き出しているのです。D君はこれからも赤ちゃんとの適切な関わりをたくさん経験し、その優しさが逞しさと相まって、いっそう深いものへと育っていくことを願わずにはいられません。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 10:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 幼稚園 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする