2017年11月07日

「神のものは神に」  A年特定24  マタイによる福音書22:15〜21       2017.10.22  「神のものを神に」   願わくは、父と子と聖霊の御名によって、アーメン

「神のものは神に」
マタイによる福音書22:15〜21   A年特定24      2017.10.22

 今日の福音書から、マタイによる福音書第22章21節の御言葉を思い起こしてみましょう。「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」
 この言葉の出所が、聖書であることを知らない人でも、この言葉を耳にしたことのある人は多いことでしょう。多くの場合、この御言葉をこの世に属することと神の領域に属することを使い分けることや、政治と宗教のことを分けて考えることとして用いているようです。でも、この御言葉は政教分離を教えることばではなく、主イエスの厳しい問いかけの言葉であることを理解しておきたいと思います。
 今日の聖書日課福音書の箇所は、第21章23節から始まる「論争の火曜日」と言われる段落の中にあります。
 今年は、特定21〜25の聖書日課福音書の箇所がこの「論争の火曜日」での主イエスの教えが採り上げられています。
 この箇所は、主イエスが十字架にお架かりになる前の火曜日に、ユダヤ教の指導者であるエルサレム神殿の祭司長や律法の専門家と激しい論争をしておられる箇所です。この論争の中で、ユダヤ教の祭司長やファリサイ派の人々ばかりではなく、普段はファリサイ派と対立している者たちが主イエスと論争しています。彼らは主イエスに反論できず、次第に形勢が悪くなってきます。その中で、何とかして主イエスを言葉の罠にかけ、主イエスを神殿から追放しようと企みました。そこで彼らは手下の者を遣いに出し、こう尋ねさせました。
 「皇帝に税金を納めるのは、律法に適っているでしょうか。適っていないでしょうか。」
 指導者たちがこのように尋ねさせた背景には、税金に関して次のようなイスラエルの事情があり、それを許に主イエスを落とし入れようという企みがあったのです。
 主イエスの時代、当時のイスラエルの国は、ローマによって占領されていました。占領されているイスラエルにとって、ローマに税を納めるべきかどうかという問題は、国を二分するほどの大きな問題でした。ガリラヤの領主ヘロデはローマ皇帝の操り人形のようになっており、皇帝に納める税金を取り立てる仕事も請け負っていました。ヘロデ家とその親族を支持するヘロデ派と呼ばれる人々は、イスラエルがローマ皇帝に税を納めることについて当然良しとしていました。その様なヘロデ王家とヘロデ派は、ローマへの納税と引き換えにローマからの庇護を得て、民衆から不当に税金を取り立てて私服を肥やしていたのです。その一方で、神に選ばれた民であることを自負するイスラエルの人々は、ローマの支配を嫌い、納税についても快く思わず、彼らはローマの手先となっているヘロデ派に対しても憎しみと反発の思いを強くしていました。
 今日の福音書の舞台はエルサレム神殿であり、本来ならファリサイ派の人々はヘロデ派の者たちが神殿に入ることさえ激しく非難したはずです。デナリオン銀貨にはローマ皇帝の像が刻まれ、「神なる皇帝」という文字も刻まれており、日頃その様な貨幣を扱い税金としてローマ皇帝に納める事を良しとするヘロデ派を神聖な神殿に入れることは、ファリサイ派の人々にとっては主なる神を侮辱することであり、許し難いことでした。でも、今、そのヘロデ派とファリサイ派の両者が主イエスを言葉の罠に掛けようとして結託しています。
 ローマに税を納めることについて、ファリサイ派にもヘロデ派にも、それぞれお互いに全く違う立場にありました。その立場の違いはイスラエルの葛藤と分裂の火種でもあったのです。それにもかかわらず、ファリサイ派とヘロデ派は主イエスを言葉の罠に掛けるために、これまでの主張の違いや対立のことなどお構いなしに結託して、主イエスに「ローマ皇帝に税を納めるのは律法に適っているでしょうか。」と、ある意味白々しく問いかけています。
 もしイエスが、「皇帝に税を納めてはならない」と答えたら、ヘロデ派の者はすぐにそのことをローマの役人に、イエスはローマ皇帝に反発していると訴えることでしょう。また、主イエスが「皇帝に税を納めなさい」と答えれば、ファリサイ派は主イエスのことをイスラエルを裏切り皇帝にこびへつらう者として批判するでしょう。そればかりでなく、皇帝はローマ市民から「生ける神」とされていましたから、主イエスはイスラエルの主なる神を裏切る者として神殿から追放されることでしょう。
 ファリサイ派の人々の本心は、自分を棚に上げて、主イエスがどう答えてもそこに食らいつき、イエスを批判して神殿から追放することにありました。
 この時、主イエスはローマへの納税にも用いられているデナリオン貨幣を持ってこさせ、彼らに「これは誰の肖像と銘か」と問い返しました。イスラエルの民の中でも国粋主義者やファリサイ派の人々にとって、このデナリオン貨幣はローマに占領され支配されていることのしるしであり、この貨幣を用いることは屈辱だったのです。また、イスラエルの民にとってデナリオン貨幣を使うことは皇帝ティベリウスが刻まれた像を拝むこととされ、この貨幣を避け、触ることさえ嫌がる人も多かったのです。彼らが神殿で献げ物をする時、皇帝の像が刻まれた貨幣をわざわざ高い両替の代金を払ってユダヤの貨幣に取り替えて神殿に持っていったのでした。
 ファリサイ派の人々はデナリオン銀貨を見て、「皇帝にものです」と答えました。すると主イエスは「では皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」と言われました。この言葉を聞くと、主イエスに詰め寄ろうとしていたファリサイ派もヘロデ派も驚いて、主イエスを残して立ち去ってしまうのです。私たちは、この場面を、主イエスが彼らの質問に上手く答えて身をかわしたことを伝えていると考えるかもしれません。でも、それでは、何故主イエスを取り囲んだ彼らが主イエスの答えを聞くとそのまま立ち去ってしまったのかということはよく理解できません。
 私たちは、この場面の主イエスが「皇帝のものは皇帝に、神のものは神に返しなさい。」と言っておられることは、背後で「それでは他ならぬあなたは誰に返されるべき者なのか。」と迫っておられることに気づかねばならないのです。この厳しい問いがあるからこそ、ファリサイ派もヘロデ派も、真理を忘れて主イエスを言葉の罠に掛けることに心を奪われている自分を露わにされ、主イエスの前からすごすごと引き下がっていくのです。
 例えば、ファリサイ派は、いつもどおりなら、デナリオン銀貨を神殿に持ちこむことやヘロデ派が神殿に入ることを嫌って批判したことでしょう。それを棚に上げで、イエスを貶めるためにはヘロデ派と結託してローマの貨幣を平気で神殿に持ちこませるファリサイ派の態度が、今、この主イエスの言葉によって露わにされています。彼らは、そのような自分の姿をこの御言葉によって浮き彫りにされて、その場を立ち去らざるを得ないのです。
 それでは私たちはどうでしょう。私たちは誰に返されるべきでしょうか。
 パウロがガラテヤの信徒への手紙の最後の部分で次のように言っていることを思い起こしましょう。「わたしはイエスの焼き印を身に受けているのです。(6:17)」
 私たちは洗礼を授けられキリストに結ばれた時、次の言葉とともに額に十字架の形を記されました。
 「あなたに十字架の形を記します。これはキリストのしるし(以下略)」と。 私たちは、永遠にキリストのものとなり、パウロの言葉を借りれば「イエスの焼き印」を身に受けています。デナリオン銀貨が皇帝の像がありその銘が刻まれているが故に皇帝に帰すのなら、私たちは、神の似姿に創られキリストのしるしを身に受けており、私たちは神のものであり神に返されるのです。
 主イエスは「神のものは神に返しなさい」と言い、ファリサイ派もヘロデ派この言葉に自分を明らかにされて神殿から去っていきます。私たちも「神のものは神に返しなさい。」という主イエスの言葉によって、神から離れた自分を照らされ、イエスの焼き印を身に受けている者として、神の御心に立ち返るように招かれ、促されるのです。主イエスはこの場面で「あなたがたは、神に帰れ」と言っておられるのです。
 主イエスを試みる者が立ち去って、神殿の中には主イエスが残っておられます。悪を試みる者がすごすごと神殿から立ち去った後に主イエスが残っておられます。これは、私たちの心の風景ではないでしょうか。
 私たちの心の「神を忘れた邪悪な思い」が追い出され、私たちの中に主イエスが残り宿ってくださって、私たちは、この御言葉によって「神の宮」とされています。
 神のものである私たちを神のみ前にお献げし、主の御心によって生かされる幸いへと導かれましょう。

posted by 水戸聖ステパノ教会 at 04:46| Comment(0) | 説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

すべての人の魂の日(諸魂日)に思う  2017年11月5日

すべての人の魂の日(諸魂日)に思う

 先日、ラジオで次のような投稿が紹介されていました。
 6歳になる娘が、唐突に「ねえ、お母さん、人間はみんな死ぬの?私も死ぬの?わたし、死ぬのこわいな。」と言いだして、私はうろたえました。やっとの思いで「そうね、私も死ぬのはこわいわ。」と言って娘を抱きしめるほか何もできませんでした。
 この放送を聞きながら、私が子どもから同じように尋ねられたらどう答えられるだろうかと思いました。この問いには、正しい答などありません。その時の子どもの思いや背景、また語られている状況によって答は違ってくでしょう。
 ただ、私がそのお母さんの立場だったら、「私も死ぬのはこわいわ」とは言わなかっただろうと思います。
死の先のことは誰にも分りません。分らないことは時に人を不安にさせるけれど、分らないことは必ずしもその全てが怖いことや悪いことではありません。分らないことは、分らないままそこにとどまるしかなく、もし分るようにして解決できることなら、その努力をしていくことが必要です。
 それでも分らないことがあるのなら、それについてあれこれ色づけをせずに委ねるほかないと思います。私は、人には分らない死の先のことについて、イエスが「父よ」と呼んだ神に委ねたいと思っていますし、もし我が子が死について尋ねてきたら、上記のように答えたいと思います。
 幼子も自我が芽生えてくると、自分の心の中にも理解の及ばない深い領域があることを感じ始めます。その領域は、時に、影のような、魔物のような存在となって、子どもの自我を脅かしてくることもあります。「死」について意識することも、その領域に関することなのではないでしょうか。
 かつて、ある方が「委ねることのできないのは傲慢なことだ」と、例えで話してくださいました。
 その人によれば、飛行機を操縦できない人が飛行機に乗れば目的地まで自分をパイロットに委ねるほかなく、自分の知識や技術ではとても操縦できない飛行機で目的地に運ぶ人を信頼せずにそのパイロットや乗組員を批判することは傲慢なことだと言うのです。
 もっともな例えだと思います。この例えから、私たちは「委ねる」ということの一面を学ぶことができます。
 こうした例えから思い巡らせてみると、もし自分に委ねる相手がいなかったら、私は死を前にしたとき、精神的な苦しさや不安に自分が押し潰されるのではないかと想像します。
 私は生まれた年の降誕日に、自分の知らないうちに、洗礼を授けられた者であり、思春期には「オレのことなのに、断りもなく勝手に洗礼など授けて・・・」と反発したこともありました。でも、今では、自分が意識する以前に神の恵みに委ねられたことや、自覚的にもイエスを救い主と信じる信仰に導かれたことを感謝しています。
 教会暦では、古くから11月1日を諸聖徒日(主にあって逝去したすべての聖人を記念する日)、11月2日を諸魂日(逝去した全ての人の魂のために祈る日)としてきました。
 それぞれの人が、自分の思いによらず、神の定めによって、それぞれにこの世に生を受けまた召されていきます。私もその中の一人ですが、委ねるお方がありそのお方が私の全てを知っていてくださいます。この信仰によって、私の死に対する恐れは限りなく軽減されています。
 世を去った人々の魂が主の御許で安らかでありますように。
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2017年10月17日

「礼服を身にまとう」 マタイによる福音書22:1〜14(特定23)     2017.10.15

「礼服を身にまとう」
マタイによる福音書22:1〜14   A年特定23     2017.10.15 

 今日の聖書日課福音書は、主イエスがなさった例え話の一つです。
 主イエスは十字架にお架かりになる前の火曜日に、エルサレム神殿で神殿の指導者たちと激しい論争をなさいましたが、今日の聖書日課福音書もユダヤ教の指導者たちと激しい論争をなさった箇所から取り上げられています。
 今日の箇所では、主イエスはイスラエルの指導者と論じ合い、彼らを批判する中で、「王子の婚宴と招待客の礼服」のたとえを話しておられます。
 ある王が王子の婚宴のため、前もって招待していた人々を招くために家来を送りました。それなのに、招かれていた人々はあれこれと自分の都合を並べ上げてその祝いの席に来ようとしません。そこで王は、別の家来を使いに出してこう言わせました。「食事の用意ができました。牛や肥えた家畜も屠ってすっかり用意ができています。さあ、婚宴においでください。」ところが、人々はそれを無視して自分の畑に、また商売に出かけてしまうばかりでなく、婚宴への招きを伝える王の家来に乱暴して、殺してしまったのです。そこで王は怒り、軍隊を送ってその人々を滅ぼし、町を焼き払ってしまいます。そして王は、家来たちに言いました。「婚宴の用意は出来ているのに招いておいた人々はふさわしくなかったのだ。今度は、誰でも良いから見かけた人は誰でも集めてきなさい。」
 家来たちが王に言われたとおりにして婚礼の席はいっぱいになりました。
 王は、そこに入ってきて、ひとり婚宴の礼服を着ていない人を見ると、こう尋ねました。「友よ、どうして礼服を着ないでここに入ってきたのか。」礼服を着ていないこの人が黙っていると、王は側近にの者たちに「この男の手足を縛って暗闇に放り出せ。」と命じたのでした。
 神学用語に「選民思想」という言葉があります。大きな国語辞典にも載っている言葉で、例えば『広辞苑』には「選民」という項目に次のように記されています。
 「神から選ばれて他民族を導く使命を持つ民族。ユダヤ民族の中から起り、キリスト教に引きつがれた思想」。
イスラエルの民にとって「神に選ばれた者」であるという思想、またその自覚そのものは、大切なそして有意義なものでした。しかし、自分たちが「神に選ばれた者」という意識は、イスラエルの指導者たちに傲りと特権意識をもたらすようになります。また、エルサレム神殿の担い手であった祭司長や律法学者たちは、次第に神の選びや招きに応えようとする思いよりも、神殿によってもたらされる富や権力を拠り所とする思いを強くしていきます。そして、その地位や財産を独り占めにすることを願って、「選民」としての使命を受けていることなどすっかり忘れ去ってしまいます。その使命とは、神の御心をこの世に示して他の民族をも神の御許に導く手本となることでした。
 彼らは、形式的な儀式を行って一般市民から高額な献げ物を求めたり、律法の言葉を自分の都合の良いように解釈し直して、自分たちを神の選びと救いにあずかるのに相応しい者であると位置付けていたのです。
 主イエスはその様な彼らの姿を見抜き、神殿の境内でユダヤ教の指導者たちを激しく非難します。神の御心はその様な指導者を離れ他の民族も含めた全ての人に及んでいることを訴えて、ユダヤ教の指導者たちが神の御心に相応しく立ち返るように厳しく迫ったのでした。祭司長や民の長老たちは、日頃は人前で敬虔に祈る姿を示し正しい人を装っていますが、主イエスが彼らの中に見たのは権力を盾にして利を貪る姿だったのです。当時の上流階級の人々がその様に振る舞えば、階層の格差は更に広がり、貧富の差も一層大きくなってきます。主イエスは、ユダヤ教の権力者たちが弱い人や貧しい人々の苦しみには指一本貸そうとせず、神の御心が何なのかを顧みようともしない姿をご覧になり、その指導者たちに厳しい言葉で迫っておられるのです。
 マタイによる福音書第21章23節から始まった主イエスとユダヤ教指導者との論争は、第23章の終わりまで続きますが、その論争は主イエスの次の言葉で終わります。
 「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった。見よ、お前たちの家は見捨てられて荒れ果てる。」
 この言葉の内実が今日の福音書の例えによって示されていると言うこともできます。今日の聖書日課福音書の中では、王の招きを拒否したり無視した人々は王の軍隊によって滅ぼされて町が焼き払われていますが、実際にこの言葉の通り、紀元70年になるとイスラエルの首都エルサレムはローマ軍によって占領されて滅びてしまうのです。福音記者マタイは、この出来事を神の招きに正しく応えなかったイスラエルに対する父なる神の裁きの出来事として意味づけ、それは生前の主イエスがその当時から再三にわたり教えていたこととして、今日の聖書日課福音書の中で語っていると言えます。
 さて、それではこうして主なる神の選びと招きの計画は、イスラエルの民が拒んだことによって終わってしまったのでしょうか。神がこの世に働く御計画のためにイスラエルを選んだことは間違いだったのでしょうか。また、イスラエルの指導者たちは、その傲りと高ぶりの故に、神の怒りを招いて、それですべてが終わってしまったのでしょうか。
 そうではなく、主イエスの例えによれば、路上の善人も悪人も皆、つまりユダヤの律法の枠によれば、招きの対象外であった人でも、誰もが神の祝宴に招かれるようになるのです。
 先週の聖書日課福音書に、「家を建てる者の捨てた石、これが角の親石となった。これは、主がなさったことで、わたしたちの目には不思議に見える。」という言葉がありました。主イエスの働きと教えは、このみ言葉のとおり、主イエスの十字架と復活を通して、イスラエルの民の中だけに留まらず、異国の人々にまで広がっていきます。先週も今週も、聖書日課福音書は、神の選びと救いは選民であったイスラエルの民に限らず、全ての人に与えられていることを告げ、その招きに、誰もが喜びと感謝をもって応えるべきことを教えられています。
 更に、今日の福音書の後半に、王子の婚宴に招かれながらも「礼服を身につけていない者」の例えが加えられています。この例えは、神の招きを受けた者がその招きに相応しく生きることを促す教えです。
 主イエスによれば、神の招きは善人でも悪人でも、生まれ育ちを問わず、無条件にすべての人に及んでおり、そこ招かれた者がその喜びの祝宴の中で、どうあるべきなのかを今日の福音書の後半部で教えているのです。
 当時の習慣によると、婚宴の礼服は招かれた者が自分で用意するのでは無く、招いた者が備えておくべきものでした。そうであれば、婚宴の礼服とは、招かれた私たちの思いを越えてなお私たちを御心に相応しく導いて整えようとする神の熱意であることが分かります。
 その神の熱意に応えて主なる神の御心を中心にして生きていこうとする者が「礼服を着る者」であり、反対に選民意識を持ちながらそれに相応しく生きる事を忘れ、また拒む者が「礼服を着ていない者」であると言うことができるでしょう。
 ユダヤの指導者や律法学者たちが、掟についてどれだけ詳しく説明し、自分たちを神に選ばれた民であると自負しても、その自分が神の御心に応えて生きていなければ、神の喜びの宴には相応しくありません。またたとえどれだけ律法に詳しくなろうとも、また律法に基づいて他人を批判したとしても、当の本人が神の喜びの宴の招きに応じないのなら、その人をとおして天の国が実現することはないでしょう。
 神は特定の民族や人種によらず、あらゆる人を神の園に招いておられます。私たちはその恵みに与っています。そして、その恵みを他の人々に伝えていくために神から新しい「選民」として召し出されています。私たちはこの招きの恵みに、どの様に応じようとしているのでしょうか。その礼服を身に付けているでしょうか、それとも暗闇に放り出される者なのでしょうか。
 私たちは、ひとり子である主イエスをこの世に遣わしてまで私たちを喜びの宴に招いてくださっている恵みを受け入れましょう。そしてその恵みに応え、神に選ばれた者に相応しく自分を整え、天の国の喜びを他の人々に分け合う働きにあずかりましょう。また、そのしるしである今日の聖餐に感謝を持って与りましょう。
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