2018年12月25日

小さく弱い救い主 ルカによる福音書第2章1節〜20節  降誕日 2018.12.25

小さく弱い救い主             2018.12.25
降誕日 ルカによる福音書第2章1節〜20節

主イエス・キリストの御降誕を感謝し、お喜び申し上げます。
 今から2000年近く前、ガリラヤのナザレという村からユダヤのベツレヘムにたどり着いた若い夫婦がいました。その旅は、150qほどの道程で、当時は4日ほどかかっただろうと考えられています。
 未婚のうちに身に覚えのない子を宿した妻をいたわりながら、若い夫婦がベツレヘムに着いた時には、既に日は暮れ、夜の暗黒と寒さが彼らを包みます。この旅は望んだ旅ではありませんでした。その当時、イスラエルを占領していたローマ帝国皇帝アウグストゥスが、占領地の人口調査のために、住民に先祖の町に戻って登録をするようにとの勅令を出したのです。その人口調査の目的は、第1に占領地の住民を徴兵するためであり、第2に占領地の住民から税金を取り立てるためでした。
 ローマ帝国に占領されていたイスラエルの民の心は荒れすさんでいました。自分たちの望んでいない兵役と課税の重荷のために多くの人が望まぬ旅を強いられ、先祖の町へ、古里へ、と旅をしていたのです。
ヨセフは、お腹の大きなマリアに気遣いながらベツレヘムに着いて宿を探します。当時のベツレヘムは既に寂れていたようですが、紀元前1000年に国王となったダビデを輩出した由緒ある町です。かつては栄えたベツレヘムに帰郷する人は多く、町は登録する人で溢れてごった返し、ヨセフはどこにも宿を見つけることができません。彼らは仕方なく家畜小屋を見つけて疲れた体を横たえました。家畜小屋とは、旅する人のラクダやロバをつないでおく場所であり、今の時代に当てはめて言えば駐車場ということでしょう。臨月を迎えていたマリアは、この馬小屋の片隅で赤ん坊を産み落とし、その子は布にくるまれ飼い葉桶の中に寝かされました。
 福音書はこのことを「宿屋には彼らの泊まる場所がなかったからである」と記して、キリストの誕生を伝えています。
 ルカによる福音書は、馬小屋での救い主誕生を描きますが、旅する夫婦の子どもが馬小屋で生まれたことに気をとめる者は誰もなく、ましてここから世界の救いの働きが始まると知る者もありませんでした。
 聖書が伝える救い主は、弱く、小さく、貧しく見えます。
 多くの人は、荒れすさんだ気持ちのまま競うように自分の宿を確保した後は、身重の女がノロノロと町に着いたのを見ても、誰もその夫婦を迎え入れようとはしないし、「相部屋でよければどうぞ」と言う人もいません。ちょうど、満席の電車にヨロヨロとお年寄りが乗り込んできたとして、その人が座るのには全員が立ち上がる必要はなく、ただ一人誰かが席を替わればそれで済みます。それを裏返して言えば、身重の女を気遣う人は誰一人としていなかったのです。
 そんな中で未婚の母とさえみなさる女を母親として、救い主は、弱く、貧しく、小さくなって、この世に来てくださいました。
 当時、イスラエルの民はそれぞれに救い主の姿を思い描き、その到来、出現を待ち望んでいました。
 ある人はイスラエルがローマ帝国から独立を取り戻すための政治的指導者を、またある人はイスラエルの軍事力を回復するダビデのような王の出現を待ち望んでいました。そのようなイスラエルの民の期待を少しも満足させないような弱い、小さい、貧しい救い主が、馬小屋の中にいます。
 馬小屋で生まれた救い主がやがて公に神の国を宣べ伝える働きを始めても、多くの人はその働きを救いの働きであるとは認めませんでした。
 そのような中、ここに救い主がいることをすぐに理解した人がいました。それは、町の外で野宿しながら夜通し羊の群の番をして過ごす羊飼いでした。羊飼いは、その当時、町の人々からは蔑まれ除け者にされていました。イスラエルの都市部で生活する人々は、救い主が出現したときには、自分たちこそがその救いにあずかるのにふさわしいと考え、その枠に入らない、あるいは入れない人々を蔑み、切り捨て、そうすることで選ばれた者の一致を図ろうとしていたのです。
 その一方で、羊飼いたちアウトローは、ローマ皇帝の人口調査の対象にもならず、その日も相変わらず野原で羊の群れの番をしていました。誰が王であろうと、どんな勅令が発せられようと、彼らはその対象外であり、もっと言えば、羊飼いたちは生きていく上での権利を奪われ、彼ら自身も人間らしく生きることを忘れかけていたのです。このような羊飼いのところに主の天使が救い主の誕生を知らせます。
 「今日、ダビデの町であなた方のために救い主がお生まれになった。この方こそ主メシアである。あなたがたは布にくるまって飼い葉桶の中に寝ている乳飲み子を見つけるであろう。これがあなたがたへのしるしである。」
 羊飼いたちは、この天使の言葉に促されてベツレヘムへ行き、馬小屋の中に弱く小さく貧しいお姿を取った救い主を探し当て、喜びに満たされました。町の人が誰も見向きもしないような馬小屋の飼い葉桶の中に救い主のしるしを初めに見たのは、羊飼いたちでした。一見、何の頼りにもならない、見向きもされないような弱く小さく、貧しい乳飲み子の中に、羊飼いは救いとは何であるかを悟ります。旧約聖書の時代から待ち望まれた救い主が飼い葉桶のこの嬰児に示されていることを知るのです。
 さて、私たちにとって救いとは何でしょう。私たちにとっての救い主とはどのような存在なのでしょう。
 聖書の「救い」とは、滅び行く危険から助け出されるということであり、本当の自分からどんどん離れていってしまうことから本来の位置に立ち戻ることが「救い」の元の意味です。
 人間らしく生きることを奪われた羊飼いたちは、心の奥底でそのような救いを求めていたに違いありません。彼らはイスラエルの人々から蔑まれ、切り捨てられ、受け入れられず、町の生活を離れた人たちであり、自分の生きる意味や価値を奪われた人であり、それを放棄した人です。いつの間にか、「どうせ俺たちゃ、羊飼いよ」とばかりに、投げやりな生き方に向かっていたことも考えられます。そうであれば、彼らはますます住所不定の無法者、落ちこぼれ者という評判の中にはまりこんでいくことになり、世間の人々からますます人間扱いされなくなっていきます。
 救い主は、そのような羊飼いよりもなお貧しく、小さく、弱くなって、この世に宿ってくださいました。救い主は、その貧しさや小ささや弱さの中にあっても、投げやりでなく、自分の境遇を他人のせいにすることなく、神の愛を示し、その生き方の中に神の愛が現れ出るように生き抜いて、その果てに当時の権力者たちの手によって十字架に挙げられて殺されていきます。
 ある聖書学者は、「この世が救い主イエスに用意していた宿は、十字架の上であった」と表現しました。
 救い主の馬小屋での誕生は、人間扱いされないような人々とも共に神の子が生きてくださるしるしです。すべてを神と貧しい夫婦に任せている弱く小さい嬰児によって、旧約聖書の時代から待ち望んでいた救いが、人々の期待とは全く違う姿で成就するのです。
 馬小屋の救い主によって神の愛を知った羊飼いたちは、喜びに溢れます。人は自分を超えた確かな存在に愛されることによって本当の自分を知り、その自分を愛することができるようになります。そして、その力をもって他の人をも愛することができるようになります。
 私たちに救いが訪れるのは、ローマ皇帝の武力によって争いが鎮圧される時ではなく、他者を打ち負かして勝ち誇る時でもありません。わたしたちが、自分の心の奥底にある醜さ、惨めさ、弱さ、貧しさを神に開き、その深い暗闇に救い主が愛となって宿ってくださったことによって救いが訪れるのです。
 わたしたちも自分の弱さ小ささ貧しさの中でこそ神と出会い、「あなたのために救い主がお生まれになった」という天からのメッセージを受けることができるのです。救い主イエスは、羊飼いたちに喜びを与えたように、わたしたちを愛し、受け入れ、支えていてくださっています。わたしたちは主イエスによって愛されている者であり、自分で自分を否定する必要はないし、自分を粗末にすることもない、また同じように、他の人を否定することもないし他人を粗末にすることもなくなるのです。
 救い主が貧しく、低く、小さくお生まれくださったことを、私たちに与えられた恵みとして受け入れ、私たちは喜びの中に生きることを許されます。弱さの中に宿ってくださる救い主を迎え入れ、ともに主イエス・キリストに示された神の愛を感謝し賛美しつつ歩んで参りましょう。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 17:59| Comment(0) | 説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月23日

マリアとエリサベト     ルカによる福音書第1章39−45    C年降臨節第4主日 2018.12.23

マリアとエリサベト
ルカによる福音書第1章39−45    C年降臨節第4主日 2018.12.23
 

 今日は、降臨節第4主日です。降誕日直前の主日になりました。この主日の聖餐式日課である「マリアとエリサベト」の箇所から導きを受けたいと思います。
 マリアが天使ガブリエルから信じられない告知を受けました。まだ未婚の自分が男の子を産んで、しかもその子は「いと高き方の子」と言われ、主なる神がその子に「父ダビデの王座をくださる」というのです。マリアはこれを聞いて驚き、戸惑い、「どうして、そのようなことがありえましょう」と言いますが、天使ガブリエルはマリアに更にこう告げたのでした。
 「あなたの親戚のエリサベトも、年をとっているが、男の子を身ごもっている。不妊の女と言われていたのに、もう六か月になっている。神にできないことは何一つない。」
 マリアは「お言葉どおり、この身に成りますように。」と天使に応えました。マリアは、この出来事と自分の思いをエリサベトに伝えに行くことにします。
 エリサベトはマリアを迎え、マリアのすべてを受け入れて言います。
 「あなたは女の中で祝された方です。胎内のお子さまも祝されています。主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう。」
 マリアとエリサベトの関係は、それぞれを母として生まれるイエスと洗礼者ヨハネの関係でもあります。この二人の関係は、後のキリスト教会の教会暦にも反映してきます。
 教会暦の上での降誕日は、イエスがこの世に生きた時代から300年近く後の紀元325年ニケア公会議の時でした。それは歴史的な事実をもとに確定した日ではなく、信仰の上で相応しい日として定められ、復活日と降誕日を軸にして他の祝日が次第に定められていったと言えます。
 今日の聖所日課福音書のすぐ前の箇所で、エリサベトへの受胎の予告から「六ヶ月」経った日にマリアへの受胎告知があったことが記されており、これに基づいて、教会暦の洗礼者ヨハネの誕生日は6月24日と定められました。
 この日は夏至の直後であり太陽の勢いはその後弱まっていきます。一方イエスの降誕日12月25日は冬至の直後であり、弱くなっていた太陽はその勢いを増して日中の時間は長くなっていきます。洗礼者ヨハネは旧約時代最後の預言者と位置づけられ、またイエスは人を滅びから新しい命へ向かわせる救い主であり、その生まれに相応しい日として12月25日が定められた、と伝えられてきています。こうした教会暦を念頭に置きつつ、今日の福音書の物語を読んでみるのも興味深いことと思います。
 マリアは天使ガブリエルのお告げに対して、驚きのなかで「お言葉どおり、この身になりますように。」と応えました。この時のマリアの気持ちは、私たちの想像する域を遙かに超えています。私は、マリアがこのように神に選ばれ、神が自分を用いてくださることを感謝して喜んだとはとても思えません。それでもマリアは天使の言葉に、精一杯「お言葉どおり、この身になりますように」と応えています。マリアのこの思いと言葉はいったいどこからくるのでしょうか。
 今日の福音書の箇所は、天使ガブリエルがマリアに受胎の告知をした直後、つまり、マリアを通して救い主が生まれることを告げた直後にあり、そのお告げを受けたマリアはエリサベトに会いに行きます。突然に思いもよらぬ天使の御告げを受けたマリアは、その出来事と思いを誰かに伝えなくてはいられない思いに駆られて出かけていったのでしょう。今日の福音書の初めの部分で、マリアは「急いで山里に向かい、ユダの町に行った。そしてザカリアの家に入ってエリサベトに挨拶した。」と記されています。この中で「急いで山里に向かい」という言葉があることには、或る特別な意味が含まれていたと考えられています。
 マリアの暮らしていたガリラヤのナザレからエリサベトの暮らしていたユダの町までは100q近くあります。当時、それほどの距離を女性がわざわざ旅することは不自然だと思われます。それにも関わらず、マリアがエリサベトを訪問したとすれば、マリアにはエリサベトに会う特別な理由か意図があったのでしょう。
 それは、「ユダの町」とは、ユダの町ヘブロンが旧約聖書に定められている「逃れの町」に指定されていたことを暗示させていることです。「逃れの町」とは、旧約聖書の申命記第4章41節以下やヨシュア記第21章13節以下に記されていますが、無実の罪を着せられそうになった人が自分の身の証を立てるために一時的にそこに身を隠すための場所であり、公平な裁判によって公正な判決を受けるまで保護されることを目的に設置された町のことなのです。マリアは自分の身に子どもが宿ると聞いて、「逃れの町」に急ぐことを迫られたのではないかと考えられています。
 マリアはこれから次第にお腹が大きくなってきます。マリアは、律法による規範ずくめの社会の中で、次第に世間から未婚の母として冷たい視線を浴びることになるでしょう。場合によっては姦淫罪として裁かれるかもしれません。姦淫罪は重罪です。マリアは人目を避けて逃れの町ヘブロンに急いだ、と考えられるのです。
 一方、エリサベトも子どもが与えられないまま年を取りました。当時の社会では子供を産まないまま年を取った女性は、人々から「石の女」と言われて蔑まれました。マリアはエリサベトが身ごもっているという知らせを聞いて、そのエリサベトに会うことで、エリサベトや自分に起こっている事の意味を確かめることができるのではないかと考えて、急いでユダの町むかったのかもしれません。
 マリアは、ユダの町にいるザカリアの妻エリサベトに会い、挨拶の言葉をかけました。ここにはその言葉の具体的な内容までは記されていませんが、単なる儀礼や日常の決まり言葉でなかったことは明らかです。その言葉はつい何日か前に天使ガブリエルがマリアに告げた「おめでとう、恵まれた方、主があなたとともにおられる」という言葉と同じだったとも想像されます。エリサベトがマリアの言葉を聞くと、直ぐにエリサベトのお腹の子(やがて洗礼者ヨハネになる胎児)は喜び踊りました。マリアは辛い厳しい状況に置かれていますが、その苦しさの中でマリアはエリサベトに挨拶の言葉をかけます。その祝福にエリサベトのお腹の子も喜びに溢れ、聖霊に満たされて、エリサベトもマリアの言葉に応えてマリアを祝福しています。
 今、二人の女性が会っているのは、「逃れの町」の中かもしれませんし、祭司ザカリアの家なのかもしれません。いずれにしても、そのようなエリサベトとマリアの間にあるのは、お互いに傷口をなめあうような関係ではなく、辛く厳しい状況の中にありながらも、それぞれに働きかけてくる神の力を誉め讃える姿なのです。エリサベトもマリアも、互いに相手を祝福することに留まらず、このようにお働きになる主なる神への賛美へと向かっています。
 このようにして辛さ、苦しさ、厳しさの中で人が神と出会い賛美へと導かれる姿は、私たちが神と出会うの一つの型(見本、手本、予型)であると言えます。
 私は、毎年クリスマスの説教の準備をしながら、昔出会った森有正の言葉をよく思い出します。もう正確な文言は忘れてしまいましたが、「人は誰も心に他の人の前では開くことの出来ない密やかなところがあって、人はそこで神と出会い、そこでしか神に出会うことは出来ない。」という意味の言葉でした。
 マリアは逃れの町に身を寄せなければならない程の思いをもって「お言葉どおり、この身に成りますように。」と天使に応え、自分の戸惑い、不安、悩み、決心、喜びなどを含んだとても言葉に尽くせない自分の思いを抱えて、エリサベトに会いに急ぎます。マリアの思いはエリサベトに受け入れられ、祝されて、マリアは自分に働く神のみ業を誉め称えているのです。その褒め歌が「マリアの賛歌」なのです。
 マリアが自分の心の密やかな誰とも分かち合えないような片隅に宿した天使ガブリエルの御言葉が、御子イエスの誕生になります。
 イエスご自身もその生まれの時から生きることの惨めさや苦しさを味わい、そこに働く神を私たちにお示しになります。それは、私たちの最も深く他の人と分かち合うことの出来ないような苦しさ、辛さ、惨めさの中にも神は宿って下さることを、いや神はそのような所にことを私たちに示して下さいました。
 降誕日間近です。私たちは、それぞれの人のどこに主イエスさまに宿っていただこうとしているのでしょうか。
 神の恵みは、自分の苦しさや惨めさや辛さを通して働きかけてこられます。そのようにお働きくださる神の恵みを受け入れ、御子イエス・キリストを私たちの最も深い所に迎え入れることができますように。
 本日の特祷をお献げしましょう。
 全能の神よ、み子の訪れによってわたしたちを清め、心の闇を照らしてください。主が来られるとき、主にふさわしいみ住まいを、常にわたしたちのうちに備えることができますように、父と聖霊とともに一体であって世々に生き支配しておられる主イエス・キリストによってお願い致します。アーメン
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 21:02| Comment(0) | 説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年12月16日

クリスマス礼拝 2018 の ご案内

水戸聖ステパノ教会では、以下のようにクリスマスの礼拝を行います。
教会の礼拝は、多くの方々に開かれています。
どうぞ、おいでください。

12月24日(月) 午後6時〜 降誕日前夕の礼拝
           クリスマスイヴ礼拝(キャンドルサービス)
           聖書と聖歌の夕の礼拝です。礼拝の後ささやかな茶話会をしますので、ご歓談ください。

12月25日(火) 午前10時30分〜 降誕日聖餐式
           主イエス・キリストの御降誕を祝い聖餐式を行います。
           礼拝後、昼食をかねて祝会を致します。
          
   
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posted by 水戸聖ステパノ教会 at 22:02| Comment(0) | 礼拝案内 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする