2018年08月12日

命のパン  ヨハネによる福音書第6章37−51  B年 特定14     2018.08.12

命のパン
ヨハネによる福音書第6章37−51    B年 特定14    2018.08.12

 今日の聖書日課福音書の最後の部分で、主イエスは「わたしは天から降ってきた生きたパンである。」(ヨハネ6:51)と言っておられます。
 「命のパン」、「生きたパン」ということを、今日の旧約聖書日課と合わせて考えてみたいと思います。
 主イエスがお生まれになった時より約1300年前の頃、イスラエルの民は400年以上に渡ってエジプトの地で奴隷になっていました。イスラエルの民は、その労働の苦しみに呻きました。そしてその呻きは神に届き、主なる神はイスラエルの民をエジプトから救い出す決心をなさいました。神はその指導者としてモーセを選び、モーセがリーダーとなってイスラエルの民をエジプトから連れ出すことができました。エジプトの大軍に追い回されながらも、イスラエルの民は奇跡的に紅海を渡りきり、振り返ってみればエジプト軍は海の中に飲み込まれていました。
 しかし、エジプト軍の追跡を逃れたイスラエルの民は、そのまま約束の地カナンに入ることができたわけでありませんでした。彼らはシナイ半島を彷徨い、神が約束してくださったカナンの地に入っていくまでには、実に40年の年月を費やすことになります。
 当時ラクダで旅をする商人たちのキャラバンは、エジプトからカナンの地までの移動に2〜3週間かかったと言われています。イスラエルの民が40年間もシナイ半島を彷徨ったということは、イスラエルの民にとってどれほど長く辛い放浪生活の経験になったことでしょう。その40年の放浪が終わりこれからカナンの地入ろうとする前に、モーセはイスラエルの民を集め、もう一度これまでのイスラエルの歩みを思い起こさせ、これからの生活の基盤を確認するように促したのでした。
 旧約聖書の申命記は、イスラエルの民がこれからカナンの地に入るに当たり、神と民との契約を思い起こし、これからの生活環境の中でも主なる神との関係をしっかり保っていくことを再確認している文書であると言うことが出来ます。
 モーセはとりわけ、主なる神と交わした約束、つまり十戒を中心とした契約の再確認を民全体に促し、主なる神との契約を更新させました。
 カナンの地には土着の異教の神々を祀る先住民がいます。これからカナンの地に定住すると、イスラエルの民の生活形態も習慣も変わり、それに連れて彼らの意識や感じ方も変わることでしょう。それでも、イスラエルの民がこれまで荒れ野での生活を導かれ、契約を結んだ神を唯一としてこれからも離れることがないように、イスラエルの民はもう一度十戒を中心とした契約を確認する必要があったのです。
 今日の旧約聖書日課の申命記第8章2節にはこう記されています。
 「あなたの神、主が導かれたこの四十年の荒れ野の旅を思い起こしなさい。こうして主はあなたを苦しめて試し、あなたの心にあること、すなわちご自分の戒めを守るかどうか知ろうとされた。」
 イスラエルの民が荒れ野の40年を振り返ってみると、幾度も神の御心から離れそうになったことがありました。空腹になり咽が渇き、彼らは直ぐにつぶやきました。そして、こんなに厳しく辛い荒れ野の生活が待っていたのなら、むしろエジプトで奴隷のままでいた方がまだましだったと言いました。また、神に守られていることを感じられないから、安心できるように見える神の姿を造って拝みたいとも言い出し、モーセがシナイ山に登って神から十戒をいただいている間に、アロンとイスラエルの民は金の小牛の像を造り出してしまうような過ちも犯してしまいました。
 荒れ野の生活を通してイスラエルの民に明らかになってくるのは、たとえ自分を外から束縛する事柄から解き放たれたとしても、それだけでは本当の自由を生きているとは言えないということでした。私たちも、本当の自由を生きるということがいかに難しいことであるかを折に触れて味わっているのではないでしょうか。
 イスラエルの民は40年に渡り荒れ野で放浪の生活をしている間、定住の生活をして農産物の収穫を上げることなどできませんでした。そのようなイスラエルの民を導く神は、天からマナを降らせ飢えを凌ぐことができるようにしてくださいました。でもこうした生活が毎日続くと人々はその感謝を忘れ、現状に満足せず、不満を募らせるようになるのです。
 もし私たちが何も食べる物もない空腹が続いていたとしたら、一杯のおかゆや一つの握り飯がどれほど有り難く思えることでしょう。でも、戦後70年以上の年の時を経て、今の日本では有り余る中から気が向いた物だけに箸を付けて残りが棄てられるようになりました。日本が海外に支援する食料量より国内で棄てられる量の方が多いのが現状であり、これも私たちが自由を取り違えた姿の一面であるのかも知れません。
 神は40年にわたりイスラエルの民に荒れ野での放浪の生活をさせのは、イスラエルの民を試し彼らの心に何があるのかを彼らに気付かせようとするためでした。こうした訓練を通して主なる神がイスラエルの民に教えようとしたことを一言で言うなら、「人はパンだけで生きるのではなく、主の口から出る全ての言葉によって生きることを知らせるため」でした。つまり、人は口から入る物によって生理的に命を保つだけでは本当に生きていることにはならず、主なる神の言葉によって魂を養い育むことによって、この世に命を与えられた意味と価値を消えないものとしていただけることを聖書は教えています。
 「命」について考える時、ギリシャ語の命を意味する「ビオス」という言葉と「ゾーエー」という言葉を取り上げることが糸口になるかと思います。
 日本語で「生きる」という言葉には、広く深い意味が含まれています。
 例えば、高校の教師が訪ねてきた若い卒業生に「おお、よく来てくれた。生きているか?」と迎え入れたとしたら、その「生きているか?」は単に生物としての命を健康に保っているかという意味ではないでしょう。生物として保たれる命はギリシャ語では「ビオス」であり、英語でもバイオテクノロジーとかバイオリズムなどとこの「ビオス」という言葉が接頭語のように使われています。
 一方、体の丈夫な若者が「生きているか?」と問いかけられる時の「命」はゾーエーであり、主イエスがご自身を「命のパン」と言うときにも、この「命」は「ゾーエー」という言葉が用いられています。
 主なる神は、荒れ野を放浪するイスラエルの民に対して、人の命(ビオス)が生理的に安全に保たれることの必要性を、マナを降らせることで示しておられます。イスラエルの民が荒れ野を放浪する間、神ご自身が彼らをエジプトから導き出した責任を取って、神は彼らが生きていくのに必要なマナを降らせて守りの徴とされました。神は、マナを降らせることで、イスラエルの民の生理的な命(ビオス)の養いますが、それはただイスラエルの民の体を守ることを目的としたのではなく、「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る言葉によって生きるようになるため」、つまりゾーエーの養いを目的にしていたのです。
 私たちも、神を知らず罪の奴隷であった時、つまり私たちのゾーエーが生きられず呻いていた時に、神は私たちの呻きを聴き、私たちを救うために働きかけてくださいました。そして私たちを選んでくださった神は、私たちを時に荒れ野の厳しさの中に連れ出して、私たちが神の口から出る一つひとつの言葉によって生きるように、訓練なさるのです。私たちが神を選んだのではなく、神が私たちを選んでくださいました。そのようにして一方的な神の選びによって神ご自身が私たちを召し出してくださった責任を取って、神は私たちに命のパンである主イエスを与えて下さいました。主イエスは私たち信仰者にとってこの世を生きるマナに例えられますが、それは、信仰者にとってモーセの時代のマナを超越した神の愛の徴であり、この命のパンは私たちが主イエスと一つであることの徴となるのです。
 今日の福音書で主イエスが言っておられる言葉を心に留めたいと思います。
 「わたしは、天から降ってきた生きたパンである。このパンを食べるならば、その人は永遠に生きる。」(ヨハネ6:50)
 クリスチャンは、礼拝の中でこの言葉を思い起こしながらパンを裂いて分け合ってきました。主イエスのみ言葉を、主イエスご自身がその時その場におられ語られた言葉として受け止め、また、パンを裂いて分け合ってきました。信仰者は、主イエスがそこに共にいてくださることを信じてそのみ言葉を聴き、そのパンを受け、主イエスと一つとされて養われてきたのです。
 私たちも主イエスが制定して下さった聖餐式の中でみ言葉を受け、パンを分け合います。
 私たちは、この世界で、ビオスの養いのためには惜しみなくお金を使い貧しい諸国から食料を安く買いたたいているうちに、ゾーエーは貧困になって魂がすっかりやせ細っています。天から降ってきた生きたパンである主イエスを受け入れ、主イエスの御言葉とみ糧をとおして主イエスの命に養われ、神の御心をこの世に示す器として強くされるように毎主日の礼拝を大切にすることができますように。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 21:23| Comment(0) | 説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年08月06日

信仰から信仰へ   ヨハネによる福音書6:24−35   聖霊降臨後第11主日(特定13) 

信仰から信仰へ
ヨハネによる福音書6:24−35   聖霊降臨後第11主日(特定13)  2018.08.05

 今日の聖書日課福音書の個所は、主イエスが5千人にパンを与えた物語と主イエスが湖の上を歩いた物語の後に続いています。
 僅かなパンと魚で多くの人を養ったイエスを目の当たりにした群衆は、更に主イエスの新しいみ業を期待して御許に集まってきます。群衆の中には、先にパンを与えられて満ち足り、主イエスからもっと多くを与えられることを願って主イエスから離れようとしない人々も沢山いたのです。
 そのように集まってくる人々をご覧になって主イエスは言われました。
 「はっきり言っておく。あなたがたはわたしを捜しているのは、しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ。」
 ここで言う「しるし」とは神の業を意味するヨハネによる福音書特有の表現です。群衆の多くは、パンを受けてそこに主イエスの神の子としての徴を見たのではありませんでした。彼らはパンを与えられて満腹すると、また満腹することを求めて、あるいはもっと多くを期待して、主イエスを捜すのです。主イエスはそのような群衆の有様を「しるしを見たからではなく、パンを食べて満腹したからだ」と言っておられます。言葉を換えて言えば、多くの人々は主イエスの働きとそのしるしを見ても、自分が更に物質的に富むことを求めてしまう群衆の有様を指摘しておられると言うこともできるでしょう。
 主イエスが指摘するこのような姿は、決して今から二千年前のガリラヤ湖畔やカファルナウム周辺の群衆に限ったことではありません。
 第2次世界大戦直後の日本がまだ生活物資や食糧にも事欠いていた頃、「ライス・クリスチャン」という言葉が聞かれました。
 第二次世界大戦直後の日本には、食べる物も着る物もなかなか思うように手に入れられない時代がありました。そのような時代に、海外のララ(Licensed Agencies for Relief in Asia アジア公認救援団体)という団体から沢山の支援物資が日本に届けられました。ことにアメリカの教会は日本の物資や食糧を支援する事に献身的に尽くしてくれました。そのララ物資の多くは英米の宣教師の手を通して日本人に渡ることも多く、多くの日本人が祈りも聖書も二の次三の次で配給される物資を手に入れることを願い、それを受けることが教会員の特権だと考えて洗礼を受ける人々もいたのでした。そうした人々を皮肉を込めて「ライス・クリスチャン」つまり「ご飯目当てのクリスチャン」と呼んだのです。
 一方では、きっかけが何であれ、自分に与えられた物的な恵みを通して信仰へと深く導かれていった人もいます。私たちの周りにもその様な人が沢山いることと思います。しかし、恵みを与えてくださるイエスに付いていけば、パンを手に入れることが出来るしリッチな思いになることも出来るとか、イエスに付いていけば出世もできるし権力を握ることも出来るという考えの域を超えない人々もまた沢山いましたし、主イエスを利用するだけ利用してこれ以上自分の得になることはもう得られないと思えて教会から離れていった人たちもまた沢山いたのです。
 聖書の中の群衆の多くは、パンの奇跡にあずかっても人の思いを超えて恵みをお与え下さるお方の愛の深さにまで目を向けることが出来ませんでした。人々はそのお方から自分の欲しい物を得るばかりで、主イエスの人格には近付こうとしませんでした。こうした人々は主イエスが神の子としてお示しになるしるしを見ても、自分の信仰はそっちのけにして、更に多くを奪うことやより多くの物的な恩恵を受けることを求めて、主イエスの後を追い回しました。
 このような態度は、本来神みの恵によって生かされているはずの人間が、自分の欲望のために神の恵みを自分の中に取り込み、神の恵みを利用しようとする態度であるといえるでしょう。このような人間の傲慢に対しても、神は実に根気強く丁寧に、しかも犠牲的に、人間に関わってくださっています。
 その最も典型的で代表的な例が今日の旧約聖書日課出エジプトの中に見られます。今日の旧約聖書日課の個所は、エジプトを脱出したイスラエルの民の姿が描かれていますが、彼らはエジプトから出て行くとすぐに食糧が乏しくなります。彼らの希望は、不平不満に変わりますが、その時神はウズラとマナによって養ってくださいました。
 イスラエルの民は神の御手によって奇跡的にエジプトを脱出して紅海を渡り、シナイ半島の荒れ野の旅が始まりました。するとイスラエルの民はすぐに食糧が尽き果てモーセとアロンに向かって不平不満を言い始めます。「我々はエジプトに留まっていた方がましだった。モーセは我々を荒れ野で飢え死にさせるために荒れ野に連れ出したのか。」
 神はこのような民の不平不満をお聞きになり、夕方にはウズラを与え、朝にはマナを降らせて、イスラエルの民を支えて下さり、イスラエルの民は飢えをしのぐことが出来ました。主なる神がお与え下さったこの養いは、ただ単にイスラエルの民が美味しいものを食べて荒れ野の生活を不自由なく過ごすことを意図したものではありませんでした。むしろ、イスラエルの民が荒れ野の生活に行き詰まったとき、神は人の思いや力を超えて民を養って下さり、主なる神はイスラエルの民を荒れ野で訓練して、その信仰を練り上げようとなさったのです。
 「人はパンだけで生きるものではなく、神の口から出る一つ一つの言葉で生きること」を教えて下さいました。
 旧約聖書出エジプト記のこの物語の中の神も、今日の福音書の主イエスも、人に物を与えてそれで良しとするのではなく、かえって神は人を辛く厳しい状況に置いて訓練し、信仰の成長を試し促す事もなさっています。エジプトを抜け出したイスラエルの民は、主なる神がお示しになるカナンの地に入るまで実に40年の年月を費やしました。これは主なる神のご計画であり、その中でイスラエルの民は自分たちが「神の言葉によって生きる民である」という自覚を深めていったのでした。
 私たちも主なる神さまから色々な恵みをいただきます。私たちは神の恵みにどのように応えるのでしょうか。私たちは自分の物欲や名誉欲を満たすためにますます主なる神を利用するのでしょうか。その様な生き方から脱することの出来ないライスクリスチャンはやがてこの世の富を得る機会が他の場でも増えると、物の豊かな時代が時代の到来と共に教会を離れていきました。
 主イエスは今日の聖書日課福音書であるヨハネによる福音書第6章27節で、こう言っておられます。
 「朽ちる食べ物のためではなく、いつまでもなくならないで、永遠の命に至る食べ物のために働きなさい。これこそ人の子があなたに与える食べ物である。」
 弟子のペトロのことを思い起こしてみましょう。ガリラヤ湖の漁師であったペトロは主イエスによって大漁を与えられました。その時ペトロは、イエスにもっと多くの魚を得ることも求めたのではなく、イエスを信じられずにいた自分の罪深さに気付き、主イエスに従っていく事へと導かれています。ペトロはその後も主イエスに叱られ、更には主イエスを裏切りながらも、ペトロはイエスとの関わりのうちに信仰を深める歩みを続け、初代教会の霊的指導者になっていきました。
 私たちが教会に招かれたきっかけは様々でした。主なる神はそれらのことを通して私たちを朽ちることのない命へと招いておられます。私たちがクリスチャンとして生きるのは、ただクリスチャンでいることの都合良さや便利さを分け合うためではありません。私たちは主なる神の御言葉に養われ祈りの交わりの中で生かされ、本当のこと、正しい事へと歩み、主なる神との交わりを日々深めて生きるように招かれているのです。主イエスが私たちを招いてくださった中にある神の恵みと御心を思い、いつまでもなくならない永遠の命の至る信仰の歩みを導かれて参りましょう。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 05:29| Comment(0) | 説教 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

日々の食事のように 2018.08.05

日々の食事のように
司祭 ヨハネ 小野寺 達

 あなたは、5年前の今日と同じ日に何を食べたか覚えていますか。多くの人は覚えていないでしょう。それが普通です。中にはその問いに対して「そんなこと誰が覚えているものですか。毎日の平凡な食事の内容の一つひとつを全て覚えていることなんてあり得ないし、その必要もありません。」と反発したくなる人だっていることでしょう。その通りです。
 でも、5年前の同じ日の食事の内容を覚えていないからと言って、その日の食事が必要なかったということではないし、意味がなかったわけでもありません。
 毎日の食事の内容まで覚える必要などありませんが、日々、できるだけ質の良い食事をすることの大切さについては、異論をはさむ人はいないでしょう。そして、5年前の同じ日の食事もきっとそのようなものであったことでしょう。
 また、色々な事情で、時には、コンビニ弁当で済ませなければならかたったり、いつもと同じ時間に食事ができない日もあるかもしれません。それでも、毎日できるだけ多種類の質の良い食材を用いた食事を適量、できることなら独りでではなく家族や親しい人と一緒にすることは大切な事であり、必要な事であることは、誰もが認めることでしょう。
 こうした食事のことと同じことが、私たちの信仰の養成についても言えるのです。
 あなたは、3年前の今日と同じ日に、どんな祈りを献げたか覚えていますか。覚えていないでしょう。主日礼拝で聴いた説教をみな覚えていますか。その必要はないし、その日に開いた聖書の箇所と内容も忘れてしまっているかもしれません。そして、またその箇所を開いたときに「聖書の中にこんなお話しがあったのか。この箇所は初めて読んだ気がする。」ということだってあるかもしれません。だからといって、3年前に祈ったことや聖書を読んだこと、また説教を聴いたことが無駄だったというわけではありません。
 日々、祈り、聖書を読むことを習慣づけ、主日礼拝の出席を心がける中で、少しずつ養われる大切なものがあります。
 時々、「特に幼少期から青年期までの人に対する宗教教育や信仰教育は必要ない。」という意見や「信仰告白することや洗礼を受けるかどうかということについては、本人が大きくなってから本人の意志と決断に任せれば良い。」という意見を聞きますが、私はその意見には賛成できません。仮に最終的な信仰の告白は一人ひとりに委ねられるとしても、委ねられた本人が選び取って決断するための判断材料を与えるためにも、幼少期からの宗教教育は必要であり、無関心でいてはならないことなのではないでしょうか。
 親は子供に良質の食事を与えて子供を健康に育てる責任がありますが、それはただ体のことに限りません。ことに精神的、宗教的な知識や感性についても、日々の食事の大切さと同様のことが言えます。
 仮に、最終的にイエス・キリストを自分の救い主として信仰告白するかどうかは本人の意志と決断に委ねるとしても、その前提となる育成を怠って良いということはなく、その育成のためには、日々の食事と同じように、幼い頃から信仰の養いとなる教育、祈り、交わりなどが必要となるのです。
しかし、今の日本の学校教育ではその点についての教育は行われておらず、その一方で、その隙間をぬって、極めて偏向的で一面的な国家主義的な精神教育が入り込もうとしていることに注意を払わねばならないでしょう。
 「信仰の告白と洗礼についての決断は本人の意思に任せる」という人は、自分の子どもにその決断を任せるに足る十分な教育を施しているでしょうか。体の成長に必要な食事のように、霊的成長に必要な糧を日々与えているでしょうか。その成長がないまま、間違った精神教育についての批判力や抵抗力も無いままに偏向的な体制に絡め取られていく危険がつきまとっているにもかかわらず、家庭での宗教教育に手をこまねいていることは、子どもたちを自由に育てていることとは違うのです。
 毎日の平凡に見える食事が子どもたちの身体を育むのと同じように、私たちは子どもの霊的成長のために、日々の生活の中で子どもたちのために何を与えるべきでしょうか。
 私は、夏休み中にスマホやパソコンに向かって独りで電子ゲームばかりしている幼子から青年までの姿を思い浮かべ、日々の精神的宗教的な養いを受ける機会が与えられない子どもたちの体と心の育ちについて憂慮しています。
 精神的宗教的教育は、長い訓話や難しい言葉での祈りを必要とはしないでしょう。
 例えば、毎日の水遣りを心がけていたら朝顔がきれいな花を咲かせたことや、友だちや家族との会話の中での相手のふとした言葉に癒やされたり傷ついたりした経験が精神的宗教的な感性を深めていくことにもつながります。家庭での食事の前に毎日献げる小さな感謝の祈りの習慣が子どもの宗教心を育てることにもつながるでしょう。絵本を読む楽しさの中にも宗教的養いが潜んでいるかもしれません。時々は就寝前の子どもに読み聞かせる絵本を選ぶとき、聖書物語を入れることもあって良いかもしれません。親として、自分はどんな場で神の臨在を感じるのか、子どもに話してみるのも良いでしょう。
 各家庭で、また仲間が集まるとき、日々の食事と同じように霊の糧を分かち合う時が持たれることを願っています。
posted by 水戸聖ステパノ教会 at 05:20| Comment(0) | 牧師のコラム | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする